産経新聞が"AIIB、中国に「拒否権」"という記事を伝えている。
【上海=河崎真澄】中国主導で設立準備が進む国際機関アジアインフラ投資銀行(AIIB)の運営をめぐり、発足当初から中国が単独で最大30%の議決権を握って「拒否権」を発動できる態勢となる見通しになった。米紙ウォールストリート・ジャーナル(中国語版)が10日までに伝えた。
産経新聞はAIIBにおける中国の独裁制が明らかになったと言わんばかりに嬉しそうである。
もちろん、先に拒否権を確保しない予定であると報じられており、それを期待して加入を決めた国も多いと思われるので、「やっぱりね」という面はあるし、そこはガンガン批判したらいいと思う。
ただ、その批判は100%、我々に跳ね返ってくることを伝えていない産経の報道はフェアではない。
先に"中国のAIIB(アジアインフラ投資銀行)がなぜ世界に受け入れられたか?" という記事で、フィリピンの国際経済学者ウォールデン・ベローの議論を紹介した。
その中であるとおり、もともとアジア諸国が世界銀行・IMF(および関連組織としてのADB / アジア開発銀行)を嫌ったのは、IMF などに対してアメリカが持つ拒否権(およびADB に対して日米がもつ拒否権)を解消しようという提案が蹴られているからである。
しかも、拒否権の発動に25%が必要だということであれば、世銀、IMFの15%という規定よりだいぶと良心的である、という見方もできよう。
今後、拒否権の比率や中国の出資比率はAIIBに参加している欧州各国や他の地域大国(インド等)との駆け引きということになるだろうが、少なくともアジア諸国の多くは、現段階では「世銀よりまだマシになる可能性は高い」と思っているのではないか。
もちろん、産経が指摘するように、AIIBの投資が、先進国が通常、開発プロジェクトに課しているような人権・環境問題(これは特に先住民の居住権と開発の対立、といった局面で顕在化する)の基準に適わないようなプロジェクトに対しても資金を提供するものになる可能性は高い。
一方で、自らを省みて、我が国がそういった人権・環境基準を尊守しているかというのも極めて疑わしい。
例えば、日本政府がモザンビークで(ブラジルとの「三角協力」という形で)進めるプロサバンナ開発計画には、現地住民やNGOから懸念の声が上がっている。
プロサバンナ・マスタープラン緊急声明 [pdf]
AIIB批判は大事だが、まずその前にアジア諸国の支持が中国に流れた原因をきちんと見据え、世界銀行やアジア開発銀行のガバナンスにきちんと批判の目を向けることが、メディアの役割ではなかろうか。
【追記】
ウォールストリート・ジャーナルの元記事と思われるもの(日本語)を発見しました。
中国のAIIB運営法は効率的-拒否権の発動も
同紙を「左翼媒体」名指す人はいないと思われますが、産経の報道と違ってきちんとAIIBの有利な点を説明している。例えば
また発展途上国に対してはより大きな発言権が与えられる見通しで、これは国際通貨基金(IMF)や世銀からの方向転換となる。IMFや世銀では、中国は長年、代表権の拡大を働きかけてきた。
全体として、AIIBは理論上、世銀、ADB、その他の開発機関の欠点とみられているものの是正に努めようとしている。中国をはじめとする発展途上国は、これら既存の国際機関では米国やその他の富裕国の発言権が強すぎ、こうした国々がかじ取りをし過ぎると批判してきた。
アナリストやAIIBに近い関係者によれば、AIIBはスタッフの人数を少なく保つ見通しで、1万2000人以上のスタッフやコンサルタントを擁する世銀とは対照的になる。理事会メンバーを非常駐とすることで、AIIBは資金を節約でき、政策決定において摩擦を防ぐことができるという。
前出のブルッキングス研究所のダラ-氏は、世銀では理事会メンバーの常駐によって、年間7000万ドルのコストがかかっていると話す。同氏が世銀で働いていたころ、「執行部と理事会メンバーとの間である種の摩擦がしばしば生じていた。理事会の常駐スタッフがプロジェクトについて初期の段階で知りたいと動いていたからだ」という。
もちろん批判もしていて
またAIIBの定款は、環境上の影響に配慮し、透明性を促進すると誓約している。だが、入札談合や環境汚染、その他の巨大なインフラ事業の潜在的な悪影響を防止する具体的な仕組みがあるわけではない。 こうした問題は欧州諸国がAIIBに加盟する際、かなり大きな懸念事項だった。欧州の加盟国は国内の市民団体からの懸念の声に直面しているからだと、AIIBに近い関係者は言う。
考えてみれば、こういった報道姿勢になるのは当たり前で、もし報道機関が「(敵対する)相手国の行動は馬鹿げていて、いずれ自滅するだろう」といった報道ばかりしていたら、政府機関がその対策のためにお金も手間もかかる対応策を採用しようとしても、有権者は「なぜそんなことをする必要があるのか? 我々は座して待っていればいいだけではないのか」と思うに違いない。
また、最悪の場合は、自国の議員や政府関係者さえも騙してしまうかもしれない。
これは、誰にとっても利益のあることではないのであり、メディアは自国の政府にこそ厳しい態度でのぞみ、その認識不足や政策の誤りを指摘するべきなのである。