2017年11月4日土曜日

We-Fiファンド(イヴァンカ基金)への日本政府の出資は是か非か!?

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1.
 イヴァンカ・トランプ米大統領補佐官の来日に伴って世界銀行の「女性起業家支援イニシアティヴ」(通称 We-Fiファンド)に対して、日本が5千万ドル(約57億円)の支出を表明したことが議論を呼んでいる。
 例えば共同通信は以下のようなニュースを配信している

あいさつでは、トランプ米大統領の長女イバンカ大統領補佐官が設立に関わった、女性起業家を支援する基金への5千万ドル(約57億円)拠出を表明した。


こういった報道の仕方が、あたかもイヴァンカ・トランプが私的に設立したファンドに日本の公的資金を入れる、というふうに取られたからである。
 実際は、このファンドは先に述べた We-Fiファンドのことであり、もちろん運営は世銀が(その環境や倫理基準に従って)行い、イヴァンカが自由にできる資金というわけではない。



とはいえ、一方でこの資金には設立の段階から様々な問題点が指摘されており、海外の報道では議論になっていた。
 こういったことが問題として認識されず、騒ぎになって初めてその存在が認識される、というのも問題である。
 わたしが子どもの頃は「海外のニュースの報道がない」といえばアメリカ合衆国のことであったと思うが、情勢はすっかり逆転している印象がある。


ここでは、世銀・IMF体制そのものや、この背景である国連の持続可能な開発目標(SDGs)の方向性の是非は基本的に問わない、ということで議論を進める(もちろん、それらに問題がない、ということではない)。


そもそもの問題は、イヴァンカ・トランプがドナルド・トランプ大統領の娘であり、ファッション・ブランドのトップとして著名である一方で、何の政治的実績もないまま大統領補佐官に就任しているというところにある。
 つまり、トランプ政権は自国中心主義的、排外主義的であると同時に極端な縁故主義を特徴としており、政権中枢は政治経験があまりない財界人脈で占められている、ということであり、イヴァンカ・トランプ補佐官はそれを象徴するような人事であると言える。
 一方で、問題をややこしくしているのは、この間イヴァンカが政権内部でほぼ唯一と言っていい、国際協調主義者として振舞っている、ということである。
 SDGsのような国連のプロジェクトや気候変動問題に関しては、イヴァンカだけが熱心に取り組んでおり、大統領にその問題で進言することもあると伝えられている。


世界銀行に関しても、トランプ大統領は出資の削減を匂わせている。
 これに対して、世銀のジム・ヨン・キム総裁が打った手段がイヴァンカを広告塔に使った We-Fiファンドである。
 イヴァンカに活躍の場を与える見返りに、米国の世銀へのコミットメントを繋ぎとめよう、ということである。
 これは、おそらく資金的な問題ではない。
 世銀は理事会の議決権が出資額に応じて割り振られるため、中国やサウジアラビアなどがかねてから増資を望んでいたが、それらの国々の影響力増大を警戒した最大の出資国であり拒否権を持つ米国がそれを受け入れなかった、ということである。
 おそらく、米国が世銀から関心を失えば、中国がその地位を引き継ごうとするであろう。
 キム総裁はオバマ政権によって選出された韓国系米国人で、政治・経済の領域の人間が選ばれることが多い世銀総裁としては例外的に、長らく第三世界の感染症問題に取り組んできたリベラル(米国用法)な医師である。
 彼にしてみれば、トランプか習近平か、というのは中々辛い選択であったろうことが想像できるが、兎にも角にもトランプのつなぎとめを選択した、ということである。


しかし、政権中枢にあるイヴァンカが同時に独立性の求められる世銀のプロジェクトに関わる、ということに関しては、利益相反がないか、売名行為ではないか、といった批判が米国内外から噴出していた。
 こういった経緯を持っているWe-Fiファンドを単純に賞賛し、参加していいか、ということに関しては、本来議論が必要であろう(野党はそこも国会で議論することが必要だと思う)。


結局のところ、キム総裁やG20について兎角指導的立場を演じる羽目になっているメルケル首相らが抱え込んでいるジレンマは、イヴァンカ補佐官というトランプ政権の縁故主義の象徴を無視し、無力化すべきなのか、そうすることで「唯一の国際協調主義者」であるイヴァンカが力を失うことがトランプ政権の暴走をさらに加速させることになるのか、読めないということに尽きるであろう。


We-Fiファンドの最大の出資国はサウジアラビアになるとみられており、アラブの王族達がイヴァンカの訪問を諸手を上げて歓迎している、という構図も困惑を禁じ得ない。
 イヴァンカの夫のジャレド・クシュナーはユダヤ系実業家で、これも政治的実績なしに上級顧問に登用された「縁故主義」の例であると同時に、トランプ政権のイスラエル・コネクションを代表する人物である。
 この妻であるイヴァンカがアラブの王族達と談笑し、極めて女性差別的な社会制度を維持してきた彼らが「女性の社会進出」に賛成して見せる様は、何の茶番劇だろうと疑わざるを得ない。
 金が動くなら何でもいいのか、ある種のガス抜きが意図されているのか、極右同士の手打ちで奇妙な「女性の権利向上」がそれでも進むのか、少なくとも丁寧なモニタリングが必要である。

2.
 さて、これが国際的にみたWe-Fiファンドの状況であるが、先に述べた通り、安部政権がイヴァンカ来日を機にここに5千万ドルの出資を表明したことから自体が日本でも紛糾した。
 最初の論点は、安倍がイヴァンカの私的なファンドに出資したのではないかというものであり、これはすでに述べたように誤解である。
 また、イヴァンカの来日に際してお土産として5千万ドルを決めた、というのも誤解である。




 ただし、これらの誤解は必ずしもメディアの責任だけではなく、国際援助に関してはしばしばこういう「すでに決まっていた援助案件を、首脳の来日(あるいは相手国訪問)に際して発表し、二国間関係が良好であることをアピールする」ということが行われてきた。
 考えてみれば、数百億円のお金をいきなりあげるといわれれば、さすがにどんな国でも困惑せざるを得ず、援助案件は事前に事務方が詰めている訳である。
 特に、今回の案件はBuzzfeed の報道によれば先のG20ですでに決まっていた案件である。
 しかし、発表は例えば次のように行われるわけである。
 まず、安倍首相のスピーチを見てみよう。

自らもビジネスを立ち上げた実業家として,また,トランプ大統領が信頼する補佐官と して,イヴァンカさんは,本年のG20ハンブルグ・サミットで,「女性起業家資金イニシ アティブ」の立ち上げを主導されました。 日本は,このイニシアティブを強く支持します。そして,最大拠出国の一つとして,5 千万ドルの支援を行うことを決定しました。


次に、外務省の発表である。


安倍総理大臣から,イバンカ大統領補佐官が主導し本年のG20ハンブルグ・サミットで立ち上げられた「女性起業家資金イニシアティブ」(We-Fi)(英文)を日本として強く支持し,5千万ドルの支援を行うことを決定したことや,女性起業家が経済に与える好影響についての発言がありました。


これらは確かに嘘は書いていないが、「いつ決まった」かは曖昧にしてあるのが特徴である。


そして、みんなもう忘れているようだが、確かにバブル期までは、「来ていただいた首脳にお土産を持たせ、首相は面目を施し、日本が一等国であることの証明もされた」みたいな形で、こういった援助額がぶち上げられることを好意的に受け止める風潮はあったのである。
 それが、最近は長引く不況感、極右的な視点の台頭、それに援助をしなくても「日本が先進国なのは当たり前」といった慢心などが複合していると思われるが、開発援助に対する視点は年々厳しくなっている。
 一方で、政府とメディアは従来ながらの発表の仕方を維持している、ということである。
 開発援助の額を示されて、日本人のどれくらいが従来通り「立派な日本」に満足して、どれくらいが「日本人の生活も苦しいのに」と不満に感じるのかはよくわからないが、一つには政府がそういったマーケティングに失敗している、とは言えるだろう。


もちろん、GNIの0.7パーセントというのが先進国に課せられた開発援助の目標額で、現在まで日本は米国と並んでドベ争いを繰り広げている。
 質の向上は必要だが、同時に開発援助の総額は増やしていかなければ、地球は貧困と環境の問題で崩壊してしまう、ということはいくら強調しても強調したりない。
 その上で、開発援助が適切なものかどうか、というモニタリングは、政府と独立のジャーナリストやアドボカシー系NGOによって行われるというのが国際的に共有された枠組みであり、そこがほぼ完全に欠落した日本社会で、ファンドへの出資がいかなる回路で検証・正当化されるか、ということの議論も必要である。
 反発の仕方が適切でない面はあったかもしれないが、反発を呼ぶのは必然である、とも言えるわけである。


ここで重要なのは、この反発を、日本社会が国際問題を共有することから逃げる形で引きこもるような方向に導くのでも、また政府を賞賛して終わらせるのでもなく、国際社会で応分の責任を果たせるように、強い市民社会を作っていく機会にすることであろう。

2017年9月14日木曜日

科研費特設審査領域「高度科学技術社会の新局面」

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今年度の科研費の公募を見ると、特設審査領域として「高度科学技術社会の新局面」という枠組みが提示されている。


 説明によれば以下のようなことらしい。

2017年6月27日火曜日

「左翼によるグローバリゼーション批判は消え去ってはいない」(ATTAC フランスのドミニク・プリオンへのインタビュー)

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 「その反緊縮とあの反緊縮は一緒ですか!?」という記事に多少関連して、1990年代後半から盛り上がった左派の反グローバリーゼション、反ネオリベラリズム運動について、それが右派に簒奪されたように見えている現状について、ATTAC フランスで長らく活動を続けている経済学者のドミニク・プリオンへのインタビューを訳出してみた。
 原文は”»Left-wing critiques of globalization have not disappeared« An interview with Dominique Plihon (Attac France) | The Great Regression”。




◎ATTACは反グローバリゼーション運動最盛期の1998年に設立されました。グローバリゼーションは今日、重要な論点として帰ってきたが、それは右派の論点としてでです。大統領選挙期間中、トランプはNAFTAの正統性に疑問を表明し、マリーヌ・ル・ペンは「野蛮なグローバリゼーション」に注意するよう呼びかけていました。この「右派からの反グローバリゼーション言説」をどう考えるべきでしょうか?


ドミニク・プリオン: この展開には二つの主要な原因があります。最初に、ネオリベラルなグローバリゼーションによってもたらされた社会的及び経済的危機が、右派に利した、ということです。次に、所謂「進歩的な政府」がネオリベラルな政策を実施し、失敗したということです。フランソワ・オランドが社会主義者の理念を裏切り、それがマリーヌ・ル・ペンの躍進を助けた、というのが良い例でしょう。


◎社会的、経済的危機という点についてもう少し聞かせてください。
 理論的には、進歩的左派勢力はこの展開から利益を得られたはずです。なぜ、右派がグローバリゼーションに対する人々の怒りを独占的に管理することになったのでしょう?


プリオン: それにはいくつかの理由があります。一つは右派が人々に、危機の原因は公共支出の過剰と税制、政府の政策の失敗といったことにあると人々を信じさせたからです。もう一つの右派支配の理由は、古臭い「TINA(オルタナティヴは存在しない)」という経文(マントラ)にあります。


◎ドイツの新聞 Süddeutsche Zeitung は、「グローバリゼーションは終わったか」という問いを扱う特集を始めました。あなたはどう考えますか?


プリオン: グローバリゼーションが終わったと考えるのは誤りでしょう。私は、私たちが1サイクルの終わり、次のサイクルの始まりにいる、と表現するのを好みます。いくつかの政府(アメリカ合衆国や中国)は彼らの政策を変えつつあります。中国では、輸入に主導された成長は疑問視され始めています。米国でも「自由貿易」というイデオロギーが同様の議論にさらされています。さらに、私たちは、グローバリゼーションの主要なアクターである多国籍企業も彼らの戦略(例えば、彼らのサプライ・チェーンを小さくする、と言った)を変更しようとしているのを見ることができます。と言っても、それは彼らの「グローバルなアクター」という役割が放棄されるということではありません。

 私の視点は、フランスの歴史家フェルナン・ブローデルのものと同様、グローバリゼーションは資本主義の最初から存在した、というものです。グローバリゼーションは新しい形態を取りつつ、資本主義がある限り、今後もあり続けるでしょう。

◎先にあげた記事で、SZ紙の編集者 Johan Schloemann は「左翼のグローバリゼーション批判に何が起こったというのか? 彼らの全てが右派に移籍したとでもいうのか?」と問うています。


プリオン: グローバリゼーションに対する左翼からの批判は消えてしまってはいません。アルテルモンディアリスト運動の知識人や活動家は多くの国で依然として活発です。2016年にはモントリオールで世界社会フォーラムがあったことも、左翼の運動がまだ生きており、機能していることを証明するでしょう。これらの運動が見えても聞こえても来ない、という人がいるとすれば、それは支配的な経済的権力にコントロールされた企業メディアの力とか、あるいは右翼の反グローバリゼーション・イデオロギーの勃興、と言った諸条件によるものでしょう。しかし、もしアルテルモンディアリストの運動がいつも見えているという訳ではないとしても、それらは社会運動、自由貿易協定や租税回避に反対する動員の組織化と言ったことを下支えする重要な役割を果たしているのです。

◎いくつかのドイツのメディアで(フランスもおそらく同様だと思いますが)、ジャン・リュック・メランションは彼のEUとグローバリゼーション一般に対する批判的なスタンスのせいで「ル・ペンと同じくらい危険」と評されています。メランションに対するあなたの立ち位置はどういうものですか?


プリオン: はい、ジャン・リュック・メランションは既存の経済的・政治的秩序を変えたいと思っており、そのために支配的なブロックからは危険だと受け止められています。(メランションの政党である)France Insoumise (不屈のフランス)の目標は、政治組織を再構築し、社会的・経済的変容を組織することで民主制を回復する、ということです。これを、ル・ペンの反民主的で排外主義的な国民戦線と同一視することは、大きな間違いです。メランションの選挙運動は、彼の企てが多くの若者や中産階級の人々の熱意と繋がった、という点で大成功でした。彼が大統領選の決選投票に進出できなかったとしても、彼の選挙運動は左派に新しい根源的な政治的パワーを創り上げたるために非常に有効でした。


◎知的で進歩的なグローバリゼーション批判とは、今日いかなるものであるでしょうか?

プリオン: ネオリベラルなグローバル化を批判する一つの方法は、多国籍企業の利益のために労働者を支配すること、資本と商品の完全な流動性、国家間のグローバルな競争と言ったことを強いるグローバリゼーションそのものを、我々がひっくり返すべきだ、と言うことです。アルテルモンディアリストは対照的に、理念としてのグローバリゼーションに反対するのではなくて、競争ではなく人々と国々の連帯に基づく、労働者を支配するのでなく生産の民主的な組織化に基づく、NAFTA, TTIP, CETAといった危険な自由貿易協定ではなく、社会的・環境的目標を尊重して厳しく規制された金融システムと貿易協定に基づく、オルタナティヴな形態のグローバリゼーションのために戦うのです。


◎グローバリゼーション批判の第一波の最盛期において、多くの活動家と学者は、世界がフラットになり経済がグローバル・レベルで行われるようになり、国民国家が経済の成果に与える影響は失われていく、と論じていました。したがって、私たちに必要なことは、国家間の、より超国家的な協調であると考えられ、「グローバル・ガバナンス」がバズワードでした。この観点について、良い動きがあったかどうか、どうお考えでしょうか?

プリオン: それは現状に対する間違った捉え方だと思います。なぜなら、国家的、地域的空間はほとんどの経済的アクターに対して今日でも極めて重要な役割を果たしているからです。そして、ほとんどの人々に対しても、同様です。この事実を明確にしておくことは非常に重要です。なぜなら、もし国家的、地域的空間が重要だと言うことに同意するなら、それはあなたが、国家的、地域的空間を基礎にして、ポリシーというものを持っており、法規制というものを持っており、民主制というものを持っている、ということを示しているからです。21世紀初頭という現時点において、世界がフラットである、もしくはフラットになれると考えることは、ユートピア的であるか、少なくともミスリーディングであると言えるでしょう。

 もし今日の世界を見渡せば、また未来予測においても、ここ数年あるいは数十年という長さでは、地域レベルでは大国や国家グループが重要な役割を果たし続けるでしょう。例えば(それが危機に陥っているとはいえ)EUでは、ドイツだけではなくフランスやスペインといった、いくつかの国はより重要な役割すら果たしえます。もしアジアを見れば、中国と日本が地域で支配的な役割を果たしています。そして、時々は彼らの間に政治的な緊張が生じるとはいえ、彼らはEUがそうしているのと同様、貿易や地域の通貨政策を作り上げています。そのため、私たちがフラットな世界に住んでいるという考え方は、間違っているのです。

◎タックス・ヘヴンはグローバリゼーションを政治的にコントロールすることが失敗に終わっていることを示す、最も重要な事例であると考えられています。この状況に失望していますか?

プリオン: 今日、グローバリゼーションの政治的コントロールはまだ機能していない、というのは否定し難い事実です。しかし、もし租税回避の例を取れば、それは過剰に楽観的かもしれませんが、しかし、租税回避について考えてみれば、若干の進歩は見られるわけです。また、重要な抵抗運動が世界の各地で起こっているのを私たちは目撃しており、しかもそのいくつかは成功しているわけです。例えば、ヨーロッパでは私たちは、租税回避の問題に取り組み、いくつかの勝ち星を納めました。私たちがすでに最終的な勝利をものにした、とは考えていません。しかし、いくつかの勝ち星は得たのであり、将来もそれは可能でしょう。なぜか? 人々の意見は徐々に変化してきています。私たちの国、地域の人々は、租税回避という点から何が起こっているか、知っています。多くの負の影響があるわけで、人々はそれを知っているわけです。それは公的債務をつくりだしており、多くのお金が政府の歳入の流れに入るのを防いでもいるわけです。人々は、それが健康や教育やその他の問題に公的な資金を当てる最大の障害がそれだということを知っているわけです。それは彼らを怒らせています。誰がこの租税回避から利益を得ているでしょうか? 富裕層と多国籍企業です。一方で、中間層や労働者は税金の支払いから逃れることはできません。公的な怒りは多くの国々で膨らんでおり、これは将来、私たちがより効果的に租税回避問題と戦うことを助けるでしょう。


 したがって、私たちが正しい方向に努力するなら、時間はかかるでしょうが、私たちが勝利するでしょう。もしCETAやTTIPのような自由貿易の問題についてみてみると、状況は異なっているでしょう。私たちは、今のところいかなる勝利にもたどり着いていません。人々の多数は自由貿易協定に強く反対しているにもかかわらず、エリートと経済的な権力は同時にこれを前に進めようとしています。にもかかわらず、私たちが過去に見たように、それらの協定はとても危険なものであるという事実から、将来、公共的な意見と社会運動が勝利を獲得すると考えています。

◎NAFTAへの憂慮に関して、奇妙な展開があったと言えるのではないでしょうか? それに反対し、メキシコの農家にとって良くなく(それは潜在的に移民の引き金を引き得るのだ)、また米国の鉱業労働者にとっても良くない(それは潜在的に排外主義的な怒りの引き金を引き得るのだ)と論じていたのは普遍主義的な左派でした。今、トランプが、メキシコや正体不明の権力がNAFTAを米国に押し付けたのだとでもいうように振舞っています。この視点の変化をどう説明できるでしょうか?

プリオン: NAFTAはそれぞれの政府の支援を受けた米国とカナダの多国籍企業によって勧められました。三ヶ国の経済エリートも関わっています。最初から私たちは、NAFTA が三ヶ国の労働者の多くを相互に対立させるだろうと知っていました。なので、現在、保護主義的、排外主義的な政治勢力がNAFTAがつくりだした社会的災害から利益を得ているのは驚くべきことではありません。


◎ATTAC はフランスで今、何をしていますか?


プリオン: 私たちが今取り組んでいるアクションの一つは、市民的不服従の呼びかけを進めることです。私たちは例えば、銀行やマクドナルドのような税金を払っていない多国籍企業に入り込みます。そこで、デモンストレーションをしたり、メディアの興味を引くように窓にペインティングしたりし、そうすることによってより多くの公衆の注目を、租税回避の問題に集めようとしています。世論はこれらのアクションを支持しており、私たちをそのことで批判したりはしません。政府や多国籍企業といった政治勢力は、今や租税回避に抗議する世論の動員について、考慮に入れざるを得なくなっています。


◎これまでの間、ATTAC は合算課税を支持してきました。そういった税方式のメリットはなんですか?


プリオン: 合算課税は、多国籍企業に、彼らの実際の活動があった場所で税を支払わせることによって、租税回避を減らす効率的な方法です。

2017年6月22日木曜日

その反緊縮とあの反緊縮は一緒ですか!?

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 最近「日本の左派は反緊縮を唱えないからダメだ」という議論をよく聞く(例えば「なぜ日本の左派で反緊縮が主流になっていないのか? - Togetterまとめ」)。曰く、「欧米では反緊縮は左派の政策」であるらしい。これは果たして事実であろうか?
 率直にいうと、わが国で「反緊縮」を唱える人々のいう「反緊縮」(以下、反緊縮(日)とでも呼称しよう)と、「欧米では」と言われる時の欧米左派のいう「反緊縮」(同様に反緊縮(欧)と呼称しよう)は、もちろんかぶる部分はあるが、本質的には別物である。

2017年6月2日金曜日

「トランプ政権下アメリカの科学・技術と科学者: 全米科学振興協会(AAAS)年次総会での議論を中心に」『科学』2017年5月号掲載

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 ドナルド・トランプ大統領がアメリカのパリ協定離脱を表明しました。

 それに合わせて、というわけでもないのですが、ちょうど掲載誌発売からひと月経ちましたので、岩波『科学』2017年5月号に掲載されました「トランプ政権下アメリカの科学・技術と科学者: 全米科学振興協会(AAAS)年次総会での議論を中心に(PDF)」を公開します(岩波書店より頒布許諾済み)。
 (※他にも政治と科学に関する重要な論文が掲載されておりましたので、もし興味を持っていただいた方は、雑誌の方もご購入いただければ幸いです)



 link: 春日 匠 - 研究者 - researchmap

2017年5月29日月曜日

国連事務総長と安倍首相の会談に関する「誤報」について

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 産経新聞が、イタリアにおけるG7サミットに関して"国連事務総長が慰安婦の日韓合意に「賛意」「歓迎」 テロ等準備罪法案批判「国連の総意ではない」”という記事を配信している。
 要するに、韓国との「慰安婦問題」合意や共謀罪に対して国連において人権上の懸念が議論されていることに対して、それらの疑念を呈している機関が例外的な対応をしているだけだと主張したいらしい。


 それに対して、国連事務総長のサイトに「記者へのノート: 事務総長と日本の安部首相とのミーティングに関する質問への応答として」という記事が上がっている。
 この日本での報道が事務総長の意図を(読解力不足ゆえか、意図的かはともかく)捻じ曲げているということに懸念を表明しているものと言える。
 たいして長くもないので、以下に全文を翻訳しておく(国際政治上の定訳とかに詳しいわけではないので、間違いがあればご指摘いただきたい)。

記者へのノート: 事務総長と日本の安倍首相とのミーティングに関する質問への応答として

事務総長と日本の安倍首相とのミーティングに関する質問への応答として、報道官は以下のように述べた。


 シチリアでの会見において、事務総長と安部首相は所謂「慰安婦」の問題について議論した。事務総長はこの問題が日本と大韓民国の間の協定(an agreement)で解決される問題であるということに合意した。事務総長はいかなる特定の協定の内容についても彼自身の判断を下したものではなく、問題の本質と解決の内容を決定するのは二国間に任されているという原則を述べたものである。


 特別調査者に関して事務総長は首相に、特別調査者は独立した専門家であり、人権理事会に直接報告する、と述べた。


  こんなニュースは海外のメディアは追わないだろうし、産経新聞としては言ったもん勝ちだと判断したのかもしれない。
 典型的な「ポスト真実」手法というべきであろう。
 もちろん、こう言った形で日本のメディアしか見ていない人々をグローバルな文脈から切り離し、「わが国が正しい」という情報だけを与えるというのは、いかなる意味でも好ましくない。

2017年4月26日水曜日

辺野古の新基地は普天間基地の代替ではない

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(注: 公開後、タイトルを変更しました)

 ついに辺野古の米軍基地予定地の埋め立てが始まったと報道されているが、四月上旬、辺野古の海を見に行って、テント村の人や地元の市議さんに色々説明していただいた。
 短時間なのできちんと聞けたかどうかは分からないが、いくつか備忘録的にメモ。


1)
 テント村で説明してくれた人の「辺野古は普天間の代替案ではない」という表現が印象的だった。
 もともと、辺野古のキャンプ・シュワブはヴェトナム戦争中に機能強化が計画されており、これはヴェトナム戦争の泥沼化による戦費の拡大により断念された、という経緯がある。


 新辺野古基地は普天間に比べて滑走路が短く、今普天間が果たしている全ての機能を代替することはできない。
 一方で、現在、新辺野古基地はヘリ用の設備のほか、強襲揚陸艦が接岸できる270メートルの岸壁が計画されている。
 これはヴェトナム戦争時に計画され、米国の予算上の問題から放棄された基地計画の復活である。
 これを「普天間を使えなくする代わりに」日本政府が全て経費を負担して建設するということになるので、アメリカ合衆国にとっては非常に美味しい話、ということになる。


 また、普天間基地は「その機能が戦略上必須だから、辺野古に移転する」という話は成立しない。
 なぜなら両者に期待されている機能は根本的に異なるものだからである。
 滑走路自体は普天間のそれよりもだいぶ短いことから、現在空路で入れていた物資を海路に振り返るため岸壁を長くしたい、と米軍は説明している。
 しかし、輸送船だけであれば270メートルの岸壁は必要ではなく、強襲揚陸艦のためありきの設計である。
 また、キャンプ・シュワブには大規模な弾薬庫があるが、港も空港もない現在はここに置かれる弾薬は別の場所から沖縄に運び込まれ、陸路を輸送されている。
 港を新辺野古基地に建設することは、ここに本国からの物資を直に運び込むことができるようになる、ということであり、例えば現在は困難であると考えられている核配備を、再び米軍が行うのではないか、と社会運動側は懸念している。


 こう考えれば、新辺野古基地は、場合によっては核の配備まで含めた総合的な拠点になるはずで、普天間が使えなくなることにより必要になる代替設備という以上のものなのであり、これを日本政府の予算で建設することは「焼け太り」以外の何物でもないのではないか、ということである。
 また、こうした機能を持った基地がアジア・中東地域での戦争遂行に使われるであろうことを考えるのであれば、地元の環境・生業への影響だけでなく、日本政府による「アメリカの戦争」への加担を許すのか、という倫理的な問題でもある、ということになる。


 ちなみにテント村は「海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会」(略称『ヘリ基地反対協議会』)が主体となっているが、この名称も当初「ヘリ基地が辺野古に来る」という前提から始まっているが、オスプレイ配備、港湾の設置やそれによる弾薬庫機能の拡充、強襲揚陸艦基地としての機能強化と続き、すでに適切な名称ではない(つまり、過小評価した名称になってしまっている)という点が悩まれるところだという。


2)
 また、キャンプ・シュワブは「ジュゴンのエサ場」としてもアピールされる通り、自然豊かな大浦湾の南端にある。
 北端部分には、沖縄を代表するリゾート施設である「カヌチャ・リゾート」がある。
 しかし、実は(地元の市議さんから聞いた話だと)カヌチャのビーチは毎年砂を入れているという。
 大浦湾の北側は南風の影響で、砂を入れてもすぐに流れてしまうのだという。

 一方、キャンプ・シュワブのある南側は天然のビーチに恵まれている。
 「一番いい土地は米軍が持って行ってしまう」と地元の人が嘆くわけである。


 今回、沖縄滞在中に多くの外国人をみた。多くは台湾や東南アジアからの観光客と思われるが、例えばロシア語も聞かれた。
 極東ロシアからであれば、沖縄は距離的にも近く、有力なリゾート地となりうるのかもしれない。
 もちろん、リゾート開発の環境負荷などの面も配慮されなければいけないが、軍事施設よりリゾートの方が環境負荷が高い、というものでもあるまい。
 沖縄には別の選択肢が示されるべきだろうし、それは全く荒唐無稽な話ではない。
 

2017年3月29日水曜日

全米科学振興協会(AAAS)年次総会の報告会について

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 AAAS年次総会参加のご報告は以下のとおりさせていただきます。

報告会

【東京】
・ポスト真実がやって来た!トランプ時代にどう変わる?アメリカの科学と政治
 日時 2017年3月31日(金)19:00〜20:30
 会場 カクタス・コミュニケーションズ
 共催 サイエンス・サポート・アソシエーション(SSA)
 [詳細]

【京都】
・サイエンス・サポート・アソシエーション研究会 AAAS(ボストン2017 年次総会)報告会
 日程: 04月01日 18:30〜(18:10 開場)
 会場: キャンパスプラザ京都 第一演習室
 [詳細]



なお、関連するるブログ記事は以下のとおりです。
AAAS2017(ボストン) 2月16日 (前半)
AAAS2017(ボストン) 2月16日 (後半)
ジョン・ホルドレン(前大統領補佐官)の語る、トランプ政権への対処法
ナオミ・オレスケス講演「科学者は衛視の役割を努めるべきか?」 (AAAS年次総会 2日目全体講演)
トランプ政権に抗議する野外集会"Stand Up For Science"

2017年3月2日木曜日

トランプ政権に抗議する野外集会"Stand Up For Science"

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 19日(土)の午後、AAASからは独立しているものの、併催するという形で、トランプ政権に抗議する野外集会"Stand Up For Science" ラリーが開かれた。
 これに参加するため、千人を超える人々が、思い思いのプラカードを掲げて、AAAS会場近くのコプリー広場に集まってきており、この情景は日本も含めたアメリカ内外で広く報道されたようである。
 当初の案内では短距離ながらデモも行われるのだと思っていたが、この時は10人ほどがスピーチする野外集会だけで終了した。

 基本的な視点は、科学者が真実と(AAASのテーマでもある)公共善のために立ち上がるべきだ、というものである。
 主催団体は、主に気候変動に関わる社会運動である climatetruth.org (これはAAASの全体講演でも講演し、またこの時もスピーチを行ったナオミ・オレスケスも顧問に名を連ねているNPOである)と、カナダの著名な社会運動家(日本でも『ブランドなんか、いらない』や『ショック・ドクトリン』などの著作で知られる)ナオミ・クラインが顧問を務める thenaturalhistorymuseum.org であり、この他に「憂慮する科学者同盟」やグリーンピース、地域の環境問題などを扱う学生団体が呼びかけている。

2017年3月1日水曜日

ナオミ・オレスケス講演「科学者は衛視の役割を努めるべきか?」 (AAAS年次総会 2日目全体講演)

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AAAS年次総会(2007)、二日目の全体講演は科学史研究者のナオミ・オレスケスによる「科学者は衛視の役割を努めるべきか?」 Should Scientists Serve as Sentinels? 。


 オレスケスはハーバード大学の科学史、および地球・惑星科学の教授である。
 「気候変動は嘘だ」や「タバコの健康被害はない」と言った「学説」がどのような科学者たちによって繰り返されているかと言ったことを論じた『世界を騙しつづける科学者たち』()という本を出版しているが、AAASでの講演もそれをなぞる話であった。


科学者の二つのあり方として「科学的に言えることしか言わない」という人と、気候学者のジム・ヘンソンのように逮捕されることも厭わず社会的価値を訴える科学者がいる、とオレスケスは述べる。
 オレスケスによれば、ヘンソンまで行かなくても、その中間形態として「責任ある科学者」モデルが必要である。
 少なくとも「科学的なことだけ言っていればいい」わけではない。なぜなら、そう言った科学者はしばしば「事実をして自らを語らしめる」と言いたがるが、実際は、事実が自らを語ることは期待できないからである。
 温暖化否定論やタバコの害はない、と言った議論に実績ある科学者がコミットするのはなぜだろうか?
 一つには産業界からの金、ということがあるが、それだけでは十分な説明ではない。むしろ彼らは自らの価値観のために事実を捻じ曲げている。



一般に、これら否定論者は政府の規制が増大することを嫌うリバータリアンである。
 この思想は通常ハイエクに起源を求められるが、レーガンがそれを都合よく利用した。
 否定論者の多くはこのレーガン人脈にいるのであり、彼らの目的は規制を緩和し、企業活動の自由度を上げることであり、そのために環境や健康規制の根拠となる研究に否定的な態度を示すわけである。

結論として
「我々の反対者は価値に動機付けられており、その価値は独立独歩であることを尚び、福祉的な問題であっても中央政府の介入を嫌うアメリカの草の根に広がる価値観と共鳴している。
 なので、我々(科学者)も価値を語らなければいけない」
 のである、とオレスケスは述べる。

その(科学の)価値とはフェアネスやアカウンタンビリティ、現実主義、創造性、と言ったことで、これらが「市場」の価値に対抗できるのだ、というのがオレスケスの結論。
 お行儀のよいAAASの講演では珍しく、多くの人がスタンディング・オヴェーションで講演を讃えていた。

AAAS2017(ボストン) 2月16日 (後半)

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帰国してしばらくたちますが、なかなかご報告が進んでおらず申し訳ありません。
とりあえず、「AAAS2017(ボストン) 2月16日 (前半)」の続き、初日後半についてのご報告です。


AAASの年会は週末を通して行われるが、その間、四回の「全体講演」が行われる(一番大きい会場で行われ、その間は他の会議は行われない、という程度の意味である)。
 初日の全体講演はAAAS会長のバーバラ・シャール教授(ワシントン大学セントルイス校アート・アンド・サイエンス学部長)によるもの。

 トランプ氏の言動に当てつけたわけではないだろうが、司会(AAAS前会長ジェラルディン・リッチモンド氏)、紹介講演(ブラウン大学学長クリスティナ・パクソン氏)、そして今回から会長に就任するシャール氏の主要登壇者三名とも女性である。
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 リッチモンド氏からは、AAASが出している中東7カ国からの入国を制限する大統領令への批判など、トランプ政権が国際的な文化交流や学問の自由と進歩を阻害するような政策を打ち出していることへの批判があった。
 特に、(学術出版大手の)エルゼビア社による、第三世界諸国のキャリア初期女性研究者を懸賞する賞では、バングラデシュなどの5人の研究者が受賞したが、このうちスーダン科学技術大学のラニア・モクタル氏がトランプ大統領による中東・アフリカ七カ国からの入国禁止令によってアメリカに入国できなかったことが告げられた。
 また、これの大統領令に対してAAASが「科学の進歩は公開性、透明性、アイディアの自由なやり取りに依存している。そしてアメリカはこれらの原則によって国際的な科学的才能を引きつけ、またそこから利益を得てきた」として抗議声明を出したことにも言及された。
 また、そういった中でAAASの会員はかつてない急増を見せており、今年に入って9000人が加入したこともアナウンスされた。

2017年2月19日日曜日

ジョン・ホルドレン(前大統領補佐官)の語る、トランプ政権への対処法

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 NHKでAAASの分科会の一つの様子が「米の科学者たちがトランプ政権への対応話し合う」として報道されているようです。
 これは、「憂慮する科学者同盟」が組織した”Defending Science and Scientific Integrity in the Age of Trump” (トランプ時代に、科学と科学の健全性を守る)と題する分科会で、オバマ政権下でアメリカ合衆国科学技術政策局のトップだったジョン・ホルドレン氏らが講演しました。
 司会者は「憂慮する科学者同盟」として過去何度もAAASのワークショップを主催しているが、開始15分前には全ての椅子が座っていた、なんていう経験はしたことがない、と会場を笑わせていましたが、これもトランプ政権への危機感の表れでしょう。


 ホルドレンのコメントはニュースでは「科学者自身が社会での科学の役割についてわかりやすく伝えるべきだ」というふうにまとめられていますが、この部分をもうちょっと細かく追うと、だいたい次のようなことを言っていました(他の分科会でもだいたい同じようなことを言っていた)。

一つ、決して絶望したり怖気付いたりしないこと
二つ、いつもの通り研究を続ける、ファンディングなどのコミュニケーションも続けること
三つ、それに加えて、いつも以上に幅広く科学と社会の問題に関する情報を入れるようにすること
四つ、何故、どのように科学が重要なのか、科学がどのように機能するのか、なるべく沢山の人に語り続けること
五つ、時間の10パーセントをパブリック・サービスに使うこと。政策決定者への働きかけとか、政治参加といったことから学べることもある。


2017年2月17日金曜日

AAAS2017(ボストン) 2月16日 (前半)

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 AAASボストン年会初日である。
 まず、会場について登録を済ませる。
 登録は、事前にメールできていたバーコードを読み込むだけで、ネームカードが印刷されるので、カードフォルダーを受け取っておしまい。
 あと、大会プログラムの入ったバッグを各自で勝手にとるだけ。
会場では Wifi が使える(特にパスワードは必要がないようなので、参加者以外でも使えてしまう感じ)。
 これと、モバイルアプリ(プログラムなどが読める)はEUの提供のようである。
 毎年EUはAAASの大会に資金を使って、いろいろなことをしている。
 研究者への宣伝ということなのだろう。


 そのまま、”How to Connect Science with Policy across the Globe: Landscape Analysis” というセミナーへ。
 椅子の数が足らないというところもあるのだが、ほぼ満席である。
 こちらでは、各国の科学者による政策提言を促進する仕組みなどが紹介された。
 事前のプログラムでは詳細はわからなかったのだが、日本からは政策研究大学院大学の角南篤教授が登壇している。
 さて、昨日述べた通り、前回は2007年に参加している。
 その後、当時榎木英介氏らとやっていたンポNPO法人でイベントなどを行い、AAASについて色々紹介したつもりであるが、その中の一つにフェローシップ・プログラムがある。
 これは、博士号を取得した若手の研究者を、AAASが資金を提供して政策機関(政府機関、各党議員の事務所、シンクタンクなど)に派遣し、科学技術に絡む問題に関する政策立案の訓練を積んでもらう、というプログラムである。
 参加したフェローはその後、研究に戻ることもあるし、民間に行くこともあり、またもちろん政治の世界にとどまることもある。
 何れにしても、産政学あるいは産官学の橋渡し役となるわけである。
 一時期、日本でもこうしたプログラムを実施しようという動きはないわけではなかったが、角南氏がプレゼンの中で述べたように日本の政治風土の問題があり(フェローが結局はコピー要員としてしか扱われず、キャリアに繋がらないと言ったことがあり)、今ひとつうまく行っているとは言い難い。


しかし、今回知ったことだが、日本以外の各国では同様のプログラムが実装されるようになっており、AAASが主導して世界的なネットワークが構築されつつある、ということである。
 なぜ日本ではこうした改革が行われにくいのか、考えてみる必要があるだろう。



 午後はまず "Engaging Scientists and Engineers in Policy (ESEP) Discussion" へ。
 形式としては、講演者は10人弱ぐらいで、科学技術コミュニケーションやアドボカシーの実践者。
 若手が多いが、シニアもいる。
 男女比は半々ぐらいで、エスニック・マイノリティに属する若者もいる。
 これらの人々が、簡単に自己紹介をした後はすぐに会場からの質問を受け付けるという、ライヴ感溢れる進行になった。
 質問する側も、ジェンダーや年齢のバランスが取れているという印象を受け、多文化主義的な空間が構築されている。
 ここだけを見れば「トランプのアメリカ」はどこに行ったのだろう、ということになるが、逆に言えば「ここではない半分」はここからは見えない、ということでもあるだろう。


 その後、引き続き同じ会場で "The Online Scientist: Social Media and Public Engagement" という文化会が行われた。
 ここでは科学者がSNSなどを通じてプレゼンをすることの意義、問題、ノウハウなどについて議論された。
 ノウハウとしては、例えば Facebook だと閲覧数はすごいがビデオなどは最後まで見てくれないが、動画配信サイトであれば科学ニュースに関心のある層は最後まで見てくれる可能性が高いので、Facebookで広報して、Youtube や vimeo でコミュニティをつくっていく努力をするのがいい、といった話などが紹介された。



 また、この日は "Lab Girl"という自伝的小説を書いた Hope Jahren 氏のサイン会も行われていた。

2017年2月16日木曜日

AAAS2017参加雑感 その01

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 ところで、大きな会議なので(最近時々見ますが)モバイルアプリが配られています。
 気になったイベントはどんどんお気に入りに入れて行くと、勝手に自分のスケジュール帳ができて行く、という感じです。
 プログラムやもらった資料の束を抱えて移動することを考えると大変便利。

 でも、調子に乗ってお気に入りを増やして行くと、こんな感じになってしまって、あまり意味がなくなる、という↓ 

AAASの年会のため、ボストンに来ています

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 サイエンス・サポート・アソシエーションのサイトのお知らせ「AAAS参加と、科学技術政策に関する調査・提言機能の強化のためのご寄付をお願いします」にあります通り、明日からの全米科学振興協会の年次総会に参加するため、ボストンにやって来ています。

 前回ボストンで行われたのは2007年で、まさに大統領選挙が行われる年であった。
 そのため、会場でも民主党の候補がバラック・オバマになるかヒラリー・クリントンになるかが話題になっており、両陣営の科学技術政策担当者による討論会が急遽企画されたりしてた。
 それも含めた、前回の報告記事は以下の通りです。

 アメリカという国は良くも悪くも政権が交代すると、上級の公務員が政治任用で大きく入れ替わり、政治が大きく動く国である。
 この8年間、研究開発にも環境保護にも比較的積極的なバラック・オバマの元で、科学者は良い時代を過ごしてきたと言える。
 しかし、新しく大統領になったドナルド・トランプは様々な問題でオバマ大統領の方針を覆すと言われています。
 その中には、気候変動問題のように、単にアメリカ一国にとどまらず、世界中の人々が影響を受ける問題も含まれています。
 こういった中で今「科学を振興する」ということがどう論じられるのか、みてきたいと思っています。


 なお、以下の通り、Youtube Live をしてみようかなと思っています(ネット環境が耐えられるのかとか、コンテンツが集まるのかとか、不安材料は多いわけですが…)。
 日本時間の午後20時、ということになるはずです(あってる??)ので、宜しくお願いします。


2017年1月21日土曜日

科学とデモクラシー: アメリカ大統領選雑感

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 バラック・オバマが大統領に就任した2009年の夏も過ぎ去ろうという頃の話である。科学技術とデモクラシーについての研究と実践を行っている、つまりどちらかというと左派系のアメリカ人に、ヨーロッパで行われたあるプロジェクトの会議で一緒になった。
 「今、そちらのシンクタンクは何人ぐらいで回しているんですか?」と尋ねると、意外な答えが返ってきた。

2017年1月8日日曜日

ウゴ・チャベス その革命と失敗

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 先の「"脱成長"議論のためのメモ」で「ベネズエラ経済の失敗」という言い方をしたので、そのあたりについて自分の見解を整理しておく必要があるかな、とおもいまして、記事を書いておきます(いつものことであるが、さくっと書くつもりが、長くなった…)。

1. 南米主要国の政治潮流
現在、南米主要国の政治は三つの潮流に分かれている。
 第一のグループは、南部にあるチリ、アルゼンチン、ウルグアイにある、中道左派が主導する政権が存在する地域である。
 かつて「アメリカ合衆国の裏庭」と呼ばれ、親米右派ががっちりと支配していたこの地域でも、21世紀に入って次々と左派政権が誕生した。
 そのうち、第一グループの国々は、比較的所得や識字率が高く、また文化的均質性が高い(これは、この地域の先住民は多くが虐殺されて消滅した、ということでもある)。
 このうちアルゼンチンとチリは選挙による中道右派と左派の政権交代が見られるようになり、ウルグアイだけはバスケス→ムヒカ→バスケス、という左派のタンデムが続いているが、国内情勢は安定しており、いずれはここも政権交代を行うようになるだろう。

一方、北部の国々は相対的にGDPが低い。
 その中で、コロンビア、ペルー、パラグアイといった国々は、現在でも親米的な中道右派政権が支配を続けている。
 また対照的にベネズエラ、エクアドル、ボリビアは極左政権が誕生し、現在も支配を続けている。
 パラグアイも2008年、カトリック司祭で「解放の神学」派のルゴ氏が還俗し、大統領選挙を制したが、この政権は2012年に議会による弾劾を受け崩壊、2013年からは右派のコロラド党が政権に復帰した。
ボリビアは先住民の多い南米最貧国だが、先住民運動から出発し、水道の民営化反対運動などで脚光を浴びたエボ・モラレス大統領が、初の先住民系大統領として2005年の選挙を制した。
 エクアドルは左派の経済学者であるラファエル・コレアが2006年に大統領になっている。
 そしてベネズエラであるが、これの国々に先駆けて1999年にウゴ・チャベスが当選している。

そして、南米最大の国家であり、また唯一のポルトガル語国家でもあるブラジルに関しては、2002年に労働者党のルラ大統領が誕生している。
 ルラ政権は、思想的には上記の極左系に属するが、しばしばチャベスらのグループと南部の穏健左派グループの中間的な位置を占め、アメリカや西側諸国との外交チャンネルも維持するなど、中間的な立ち位置にとどまってきた。
 ルラ政権も憲法規定通り二期で退陣し、後継候補としてジルマ・ルセフ官房長官を指名した。
 ルセフも順調に当選し、同国初の女性大統領となったが、昨年(2016年)弾劾を受けて政権を連立を組むブラジル民主運動党党首で、副大統領であったミシェル・テメルに譲った。

全体としてみれば南米はかつてのようにアメリカが支配圏を誇示できる状態ではないが、一方で2010年ごろを境に、中道左派から極左系の政権が勢力を誇った状態からは徐々に揺り戻している。
 この状態がなぜ起こったか、ということが本論の焦点である。

2017年1月4日水曜日

「脱成長」議論のためのメモ

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 日本ではあまりアカデミックに脱成長を研究している論者がいない一方で、反脱成長論のほうが声が大きい印象がある。
 ただ、この双方は大概の場合、論点がかみ合っていない。
 要するに「成長」支持派はGDPが持続的に増大していくことが大事だと言っていて、それは資本主義というものが「成長産業に資本を投下して、投下した資本が増えて戻ってくる」ことを期待する投資家が投資先を探す、というモデルで作られているから、そこが機能しないと資本主義社会そのものが法界するじゃないか、という危惧を抱いているのであろう。
 (そもそも我が国で「資本家」がリアル・エステートを担保に取らなくても「成長産業を探して投資する」なんていう資本家としての役割を放棄しているからの低成長なんじゃないのか、というツッコミはあり得ると思うが、ここではグローバルな資本主義社会の問題が論じられているということで、置いておく)
 一方、脱成長派は主に「環境の限界」を懸念している。
 人類経済の成長は、環境からの収奪によって成立してきており、先進国ではこれ以上の収奪は生活レベルを上げない上に、地球環境という我々の生活を支える土台そのものを突き崩しているのではないか、ということである。
 なので、脱成長派としては「環境負荷が増大しない形でGDPが上昇したとしても、それは<脱成長>という理念と不整合は起こさない。ただし、そういったことはあまり起こりそうにない(/不可能である)」と考えている、ということになる。
 例えば、指標としのてGDPは不十分だということで、GDPから環境影響(外部経済)を引いた指標を作り、その指標の上昇にインセンティヴが働くようなグローバル経済を構築する、といった「改善案」は考えられる。
 ただ、こういった考え方は「脱成長」原理主義者がいれば、それは改良主義に過ぎないと批判されるだろうし、「成長」原理主義者からもあまりいい反応は得られそうにない気もする。
 それに、そもそもそういった構造を構想することは大変難しい(マルクスやケインズ級の「大経済学者」の登場が待たれるところである)。
 とりあえずは国際的な環境課税の制度をつくってしのぐ、というのは当面の目標になるだろうが、おそらくそれだけでは十分とは言い難いだろう。
 成長主義者は「GDPの成長と環境保護がニュートラルないし相乗効果を得られる経済領域はいっぱいある」と主張するかもしれない。
 特に相乗効果が得られるところが「グリーン・エコノミー」と呼ばれるが、はたしてグリーン・エコノミーが世界経済を支えられるほど大きくなるか、というのも疑問である。
 ニュートラルな経済になりうる領域の例として、情報、サービス、イノベーション産業などが考えられる。
 昨年、『認知資本主義』という本の出版に関わらせていただいたが、これはまさに「認知資本主義」の領域の話である。

 しかし、これらの産業は富の偏在を加速させるのではないかという疑念を払拭できない。
 かつて、アンディ・グローヴなども述べていた通り、典型的なテック企業は収益あたりの雇用者数は伝統的な工業より少なく、また技術が進むごとにその傾向は加速する。
 もちろん、Apple のような企業がFoxconnに代表されるアジアの企業に委託している分を含めれば、グローバルには少なくない仕事が生じているわけだが、この部分は伝統的な「環境影響を無視できない伝統的な工業」である。
 また、かつてフォードやトヨタで働く工場労働者は「熟練工」として扱われたが、技術の発達によってこれらの人間が行う作業は非熟練労働としての側面を強め、賃金はそれにともなって低下している。
 この先、さらに技術がいらなくなるのか、そもそも人そのものがいらなくなるのか、いずれにしてもイノベーション部分を担う「高級人材」と、それ以外の人材の給与格差が(なんらかの介入がなければ)拡大するという予測されよう。
 (また実際は、ちょっとした「名声」の差で、認知的生産を担う人材の間の格差も容易に増大する)
こう考えると、我々は、成長、環境、再分配(/労働分配率)というトリレンマを抱えているように思われる。
 成長を環境負荷の少ない経済領域に特化して行うことは可能に思われるが、その場合は労働者一般の所得は犠牲にされるであろう。
 成長を伝統的な工業の振興で行うことは、少なくとも一国レベルではある程度追求できるかもしれない(このあたりはトランプ政権が挑戦することになるだろう)が、その場合は環境に大きな負荷がかかる(また、グローバル経済にも大きな負荷がかかるかもしれない)。
 だとすれば、最後の環境と再分配を重視するという選択肢は可能だろうか?
 おそらく「脱成長」はここを重視している、ということになる。
 これは、三つの選択肢の中では、おそらく最も困難な道であるが、例えば地域通貨や連帯経済といった手法やキャッチフレーズにはこの目的がビルトインされている。
 ただ、「連帯」経済といったときに明らかなように、この分野はある種の社会的信頼(社会関係資本と言い換えてもいい)が不可欠である。
 一方、現在のグローバル経済はこの「連帯」を徹底的に排除するような、相互不信の極大化によって維持されている。
 この転換が容易ではないことは明らかであり、もしかしたら不可能かもしれない。
 (ブラジル労働者党政権の崩壊やべネズエラ経済の失敗を見れば、南米の左派政権はこの部分に挑んだが、総じてみれば退潮期に入っているように見える。一方、ポデモス、シリザ、コービン労働党や大統領選におけるサンダース旋風は、この流れを先進国が引き取って進めるときである、という可能性を示唆しているようにも見える)
 アイディアとしては、衣食住や日常的な楽しみ(イヴァン・イリイチのいう「コンヴィヴィアル」な領域)は定常経済で維持し(グローバルにはわざと互換しにくくした地域通貨と、エクアドルとベネズエラが提唱していたような貿易を管理する新国際通貨などで担い)、認知資本主義領域はグローバル通貨(Bitcoin的なものになるかもしれない)で行い「贅沢をしたい人は後者を稼げる」みたいなモデルは構築可能かもしれない。
 まぁ、いずれにしてもいろいろな可能性があるので、「脱成長」研究というのは今後注力が必要であり、政策的意義も環境課税などの領域に認められるべきであろう、と思う一方で、「脱成長路線でいけば問題はないので、労働運動や財政出動が必要なくなる」という段階ではないのも明らかである…というあたりから議論を始められないものだろうか?
 

2017年1月2日月曜日

お餅が旨い

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毎年、新潟の弥彦もちというのをもらうんだけど、これが、味も舌触りも滑らかで、きちんと腰があって、お雑煮などに入れても煮崩れせず、まあ、パックの切り餅ではちょっとあり得ないぐらい美味しいのである。
で、毎年、せっかくなら自分でも少しは購入しようとウェブサイトを見るのだが、米の時期しか生産してないのか、正月には大体売り切れ、と言うことで、まだ購入できた試しがない。ってことで、毎年、正月早々、自分の忘れっぽさを思い出すわけだ。

…今年こそは年内にサイトを見よう。

2017年1月1日日曜日

明けましておめでとうございます

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Safari to the Lake Nakuru National Park