当日、このとおりしゃべった訳ではありませんが、発表原稿を公開しておきます。
他の方の発表は、ATTAC関西のブログに報告が掲載されています(1, 2, 3)。
「核と被ばくをなくす世界社会フォーラム2016」の参加者として、「原発のない未来へ!3.26全国大集会」のデモに合流、参加してきました。主催者発表で3,5000人参加、とのことです。
世界社会フォーラムの創立者の一人として知られ、Right Livelihood Award などを受賞している シコ・ウィタカー 氏らとともに、渋谷の町を歩いてきました。
ウィタカー氏は80を超える高齢で、持病をおしながらの参加です。自分がこの歳になったときに、健康状態はどうしょうもないとしても、意欲が持続できるのか、と悩まざるを得ません。
氏は、入国の際にこのフォーラムに関わっているということで、4時間以上拘束され、不当な取り調べを受けたとのことです(日本人として申し訳ない)。入管はこうした取り調べの根拠や理由をいっさい説明しないので、伝聞ですが、背景にはG7にむけた警備強化があるということのようです。しかし、原子力の問題を考える会合のために来日した知識人が、G7の警備強化の一環として長時間の取り調べを受けるということ自体が非民主的で、噴飯ものでしょう。
福島第一原発事故以降の反原発運動の盛り上がりの中で、原子力技術を支持する人々の中から、その立場を表明すると「第二次世界大戦のときとまったく同じ」非難を受けるという声があがっていますが、少なくとも安倍政権下において、言論に体する様々な統制を受けているのは、依然として反対運動の方でしょう。
今年も成人式で暴れる新成人がおり、産經新聞などがうれしそうに批判していた水戸市のケースでは以下のように報道されている(DQNというネットスラングを持ちいて報道する産経さんの方が遥かに品がないと思うが…)。
一部の新成人らがマイクを取り上げ、「おめえがあいさつしてんじゃねえ、このやろー」「なめんじゃねーよ」「みんな、よろしく~」「盛り上がっていこうぜ」などと拡声器で叫びながら、警備員の阻止を振り切ってステージに上がり、妨害行為に出た。
警備員らによって下ろされた後、古谷さんは誓いの言葉を続行し、「僕が話すことが気に入らない方もいると思います。みなさん、しっかりと成人としての自覚をもち、これから社会人としてはばたいていきましょう」と反撃。すると、ステージの下からは「てめーが代表じゃねえ、このやろー」などの罵声が飛んだ。
新成人代表の返しも中々立派だと思うが、「暴れた」側も成人式の代表権やオーナーシップの問題に抗議していて、なかなか立派であると思う。こういった異議申し立ては、問題の重要性や主張の合理性というのは議論されたらよいが、それをするということの重要性においては、例えば若者が安保法制に対して異議申し立てをする、ということと、なんら変わらない訳である。もちろん「荒れる新成人もSEALDSの若者も嫌い」という層もいることであろうが、それは端的にいって「自由からの逃走」であろう。
朝日新聞に掲載された論考の中で、作家中村文則氏が「俺は国がやることに反対したりしない。だから国が俺を守るのはわかるけど、国がやることに反対している奴(やつ)らの人権をなぜ国が守らなければならない?」と言われたという経験を書いている。
もちろん、そもそも反対する権利があるから「反対しない」(/支持する)という「自由意志に基づく決断」が可能になる訳であり、そこを見つめないことは「自由からの逃走」である。
これは、問題になっている議論の重要性とは関わりなく妥当する話である。