2015年6月1日月曜日

国立大学人文社会科学系「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」という話

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 産経新聞の「国立大学の人文系学部・大学院、規模縮小へ転換 文科省が素案提示」という記事が話題になっている。
 その中でも特に、
 通知素案では、少子化による18歳人口の減少などを背景として、教員養成や人文社会科学などの学部・大学院について「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むように努めることとする」と明記された。

 の「社会的要請の高い分野への転換」が議論の焦点である。学問を評価するのに、「社会的要請が高い」ということはどういうことか、ここでは定かではないからである。
Europe 2003
 どんな場合でも社会的要請とは一枚岩ではなく、ある時代の社会的要請が結果的には極めて有害だった、ということもありうる。そういったとき、いち早くその可能性に気づき、警鐘を鳴らし続けることは、価値を扱う学問である人文学にとって極めて重要な仕事である。しかし、多くの場合それらの作業は簡単に評価しうるものではなく、特に政策がますます経済指標に従属するようになっている昨今、これらの評価は危険な作業である。
 かつて文化使節として来日したフーコーは記者に記者に「激しい自国批判を続けるあなたをフランス政府が文化使節に任命する理由はなんでしょうか?」と問われて「ご存知のようにフランスにとってプワゾン(毒)は重要な輸出商品なのです」というようなことを答えていたと記憶する。このことは、デリダのファルマコン(毒にも薬にもなる存在)としての哲学、という議論も想起させるだろう。日本の人文社会科学は、ファルマコンであるべきという「社会的要請」に十分に答えることができているだろうか?
 こういった問題について、十分に議論が尽くされた結果として「社会的要請」という言葉が使われるのであればそれは需要せざるを得ないが、大学法人評価委員会の議論を見ていくと、どうもそうとは言い難い状態にあるように思われる。
 以下、具体的に見ていこう。

 産経の記事で述べられているのは、5月27日の第51回国立大学法人評価委員会で配布された資料「資料10-3 国立大学法人の第2期中期目標期間終了時における組織及び業務全般の見直しについて(案)」に出てくる文言に基づいている。そのまま引用すると以下の通りである。
(1)「ミッションの再定義」を踏まえた組織の見直し
「ミッションの再定義」で明らかにされた各大学の強み・特色・社会的役割を 踏まえた速やかな組織改革に努めることとする。
特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18 歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏ま えた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする。


 実は、この表現が登場するのは、今回が最初ではない。最初に当該の文言が出てきたのは、昨年8月4日に行われた第48回国立大学法人評価委員会の配布資料配布資料、「国立大学法人の組織及び業務全般の見直しに関する視点」についての3枚目で、
○ 「ミッションの再定義」を踏まえた速やかな組織改革が必要ではないか。 特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、 18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割 等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野 への転換に積極的に取り組むべきではないか。
と、語尾を除けばほぼ同様の文言になっている。「ではないか」と提言の形で述べられていることからも、これが誰か審議会メンバーの発言を元にしていることが推察できる。
 では、どういう立場の委員がこれを述べたのかというと、それが議論されていそうな第46回第47回については、”下記議事については、速やかに処理する必要があり、委員の日程確保を考慮すると、本総会を開催することは困難であったため、平成26年6月12日(木曜日)から25日(水曜日)に書面により意見聴取を行った”とあり、実質的に議論が行われていない。
 要するに、委員のだれかが
 初出のさいの議論は議事録で読むことができるが、誰もこの文言には注目していない。ただし、NHK解説委員の早川信夫氏が「正直言って内容的に細々し過ぎていないかというのが私の率直な感想です」と述べたり、また
○ 法人化から10年が経過し、法人化の長所を生かした改革が本格化する 中、第3期中期目標期間に持続的な競争力を持ち、高い付加価値を生み出 す国立大学に更に発展するためには、我が国を取り巻く急激な社会経済状 況の変化に対応し、国民の期待に応え、我が国の経済社会の発展に資する 教育研究の実施、機能強化に取り組んでいく必要がある。
という部分に対して、熊平美香氏(一般財団法人クマヒラセキュリティ財団代表理事)が次のように述べて違和感を表明しているのが注目される。
1番目は、まずグローバル化とか、海外の留学生を増やしていくというような方針かあるのですが、そことのリンクという意味で少し違和感があるということと、それから、我が国の発展というところはまさにそのとおりと思ったのですが、「経済」という言葉がそこに付いていることは、経済だけではなく、より広い活動でも社会の発展に寄与するということはあるのではないかという意味で、ここに経済という言葉が入っていることに少し違和感を覚えました。 また、3番目に経済社会への発展に資する教育研究が非常に重要であるということは十分承知はしているのですが、教育研究というのは大学の命というか、魂の部分でございますので、本来の人類の発展に寄与する研究ですとか、教養を持つ人格者を育てる教育機関であるといったような、そういうことも当然前提ではあると思うのですが、この方針の中で何となく、この部分だけがハイライトされてしまうことが何か違和感というふうに感じたので、そのことを述べさせていただきたいと思います。
この指摘は、「社会的要請」の意味と合わせて考えられるべきところであるが、他の委員も含めて、議論を深められている様子はない。熊平委員が言及しているのは文章の冒頭、「社会的要請」に関わる文章の少し前の部分である。率直に述べて、議論の時間が十分に取られていたか、また議論に際して、委員が十分に内容を精査する時間が設けられていたか、という点に疑問が残る。
 「本当にそういうメモを提出した委員がいたのか」までは疑わないにしても、日本の大学制度全体に関わる、極めて論争的な主張が、出現から確定までほぼ完全に議論されない状態であるというのは大きな問題であろう。
 もちろん、こういった議論は審議会内部だけで決まるべきものでもない。今後、様々なレベルで議論を起こしていくべきであろう。

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