2015年5月21日木曜日

ドイツ戦後補償問題 ギリシャ SYRIZA 政権の主張について

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 たぶん、安倍晋三首相の「ポツダム宣言しらんがな」答弁が話題になっている日本にとっても重要な話なので、あらためて議論しておきたい。

 ギリシャの SYRIZA 政権がドイツに対して、第二次世界大戦の賠償を求める、というニュースが報じられている(例えば「ギリシャ、駅で第2次大戦のビデオ上映 独に賠償求め圧力」)。
 こういった記事への反応を見ると、先にドイツのアンゲラ・メルケル首相が日本を訪れた際、安部政権の戦後責任への態度について苦言を呈したと報じられたことから、「ドイツも戦後責任の取り方を近隣国から認められていないではないか」「一度謝ればいつまでも賠償を払わなければいけないのでは」といった意見が見られるが、これは誤解である。
 もともと、SYRIZA 政権は、人道的観点から、戦後ドイツに認められたような主権者債務(Sovereign Debt )の見直しのための国際会議開催を求めている。そして、これが認められないのであれば、同様に「人道的見地から」ドイツに対してギリシャが認めた戦時賠償権の放棄も見直されなければいけない、ということを述べているのである。




 まず、問題は第一次世界大戦に戻る。
 この戦争はドイツ、オーストリア、ブルガリアらからなる同盟国側の敗北に終わった。戦時処理において、著名な経済学者であるケインズやアメリカ大統領ウィルソンらは、ドイツが支払わなければいけない賠償が戦後復興の妨げになり、新たな火種を生むことを恐れて、賠償額は限りなく抑えられたものにすべきだと主張した。
 一方、欧州各国の指導者たち、特にドイツの侵攻によって多大な被害を受けたフランスのクレマンソー首相らは妥協的な解決を拒否し、自体は紛糾する。結果的には、ドイツはGDPの倍以上に登る賠償金を課せられ、またそれを30年以上にわたって、外貨で支払うことを義務付けられた。ケインズらが危惧した通り、この思い賠償金はドイツ経済を圧迫し、希望を失った民衆が独裁者アドルフ・ヒトラーの台頭を熱望するという結果を招いた。
 このため、第二次世界大戦では日本やドイツなどの敗戦国に対する賠償は、人道的見地から抑えられるべきだというケインズの主張が全面的に採用されることとなった。
 戦後の復興と両国の民主化の促進のため、両国が支払わなければならない賠償は免除され、あるいは支払いが停止された。
 また、アメリカはマーシャル・プランやガリオア基金などの方策をうち、国連による援助なども含めて、旧敵国も含め、戦争によって被害を受けた地域が速やかに復興出来るような手段が提供された。
 この背景にある前提は、枢軸国の民衆はヒトラーのような独裁者の被害者であるという意味で連合国の民衆と利害を共有している、ということである(この「独裁者と民衆の責任分離」という考え方は話題のポツダム宣言でも明示されている)。
 したがって、日本ではよく「ドイツはナチスだけを悪者にした」と言われるが、少なくとも、戦時賠償の割引や免除といった措置を受け取るまでは日本でも「東條英機に代表される軍部の独裁者による戦争の犠牲者である」という前提を積極的に受け入れていたわけである。

 具体的に、賠償はどのように免除されたのだろうか。例えば日本に関して言えば、欧米諸国や中国、および東南アジアの一部の国は日本への賠償請求権を放棄している。
 これらの国々、特に中国は、日本が軍国主義と決別して平和国家になるという前提で賠償請求権の放棄に応じているわけであるから、軍国主義の復活と思わせる靖国神社のA級戦犯合祀などに怒るのは当然とも言えよう。

 フィリピンやインドネシアなど東南アジアの4カ国に対しては賠償の支払いが行われている。
 ただし、これは一面では、日本の経済協力開発機構(OECD)加入のための手段でもあった。OECDは「先進国クラブ」とも揶揄される通り、金持ち先進国が多く加入している。
 ここでは貿易の問題などについて話し合われるため、先進国復帰の一歩として戦後日本の政府にとって加入は悲願であった。
 また、名前が示す通り、「経済協力」のための手段であり、OECDのメンバーであるためには、第三世界諸国に開発援助を行っていることが必要になる(下部組織の開発援助委員会(DAC)がこの問題を取り扱う。具体的には、国連はGDPの0.7パーセント程度を開発援助に使うことが好ましいとしているが、DAC加盟国でこれを達成しているのは北欧やオランダ、ベルギーなどわずかであり、日本は下から数えたほうが早い状況である。)。

 ともかく日本は戦後、ODAを開始するにあたり、ビルマやフィリピンに対してはそれを戦時賠償と認めさせ、また一方で先進国向けには開発援助として説明している。
 また吉田茂首相は、これらの賠償を国内向けには「ビジネス」、つまり投資であると説明していたようである。
 これはまったく理由のないことではなく、GATTやOECDでの地位向上は貿易立国日本にとって至上命題であった。
 また、個別の賠償を見ても、第一次世界大戦の賠償が外貨での支払いを規定されていたのと違い、日本が東南アジアに負った戦時賠償は、役務や生産物での支払いを前提としていた。
 つまり、現地にインフラを作るための予算や、日本が派遣した日本人の給与が、賠償として扱われるということである。
 また賠償には含まれないものの、これらの国に日本の民間企業が投資することも取り決められた。
 これらの協定を有効なものにするため、ビルマなどの国々は日本との貿易を促進するために関税上の優遇措置を定めたり、日本のGATT加盟を後押しするなどしたため、これらのODAは日本にとっても十分以上に見返りの多いものになった。
 これが、日本にとっての第二次世界大戦の「賠償」である。

 さて、欧州に話を戻すと、ドイツに対する扱いもこれと同様であり、様々な形で戦時賠償は抑制されている。
 特にドイツは戦前からの(第一次世界大戦からの)債務もあるわけで、戦中のものも含めて、パリ講和条約ではペンディングされ、最終的には1953年の「ドイツ対外債務に関するロンドン協定」で扱われることになった。
 この合意には、米英仏などの主要な債権国やギリシャなどが参加し、ドイツの債務は大幅に減額され、またドイツの復興に大きな影響を与えないようにリスケされた。

 さて、今回ギリシャの SYRIZA 政権が主張しているのは、こういった「人道的観点からの債務の抑制」というのは現在でも重要な問題である、ということである。
 つまり、ギリシャの債務のために、このロンドン協定のようなものを話し合う場を設定し、年金生活者や一般労働者に深刻な影響を及ぼしかねない厳しい緊縮措置なしに、ギリシャ経済が復興するために必要な措置を、国際社会が「人道的観点から」支援すべき、というのが彼らの立場である(あまり賛同の声は聞かれない気がするが、日本でも例えば「リフレ派」と呼ばれる立場の人たちは、SYRIZA 政権の政策に賛意を示すのではないかと思う)。
 そして、もしそれが容認されないのであれば、ギリシャ国民がドイツ国民に対して「人道的立場」にたって賠償を免除したということの妥当性も失われるので、SYRIZA政権はドイツに対して改めて賠償を要求する、という議論である。


 このほかにも SYRIZA は、近年提唱されている「汚い債務」概念などを援用し、国際社会に対して様々な問題提起を行っているが、それについてはできれば改めて解説を書きたい。




関連記事:alterglobe.net: ギリシャ「債務の真実」委員会発足

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