当該部分は「丸山和也・参院議員(自民)「黒人・奴隷がアメリカ大統領になっている」 発言後に陳謝【全文】」で確認できる。
2016年2月20日土曜日
丸山和也参議院議員の発言が差別的なのは、肝心なところを曖昧にしようとするから
当該部分は「丸山和也・参院議員(自民)「黒人・奴隷がアメリカ大統領になっている」 発言後に陳謝【全文】」で確認できる。
2016年1月13日水曜日
「荒れる成人式」と議員定数
今年も成人式で暴れる新成人がおり、産經新聞などがうれしそうに批判していた水戸市のケースでは以下のように報道されている(DQNというネットスラングを持ちいて報道する産経さんの方が遥かに品がないと思うが…)。
一部の新成人らがマイクを取り上げ、「おめえがあいさつしてんじゃねえ、このやろー」「なめんじゃねーよ」「みんな、よろしく~」「盛り上がっていこうぜ」などと拡声器で叫びながら、警備員の阻止を振り切ってステージに上がり、妨害行為に出た。
警備員らによって下ろされた後、古谷さんは誓いの言葉を続行し、「僕が話すことが気に入らない方もいると思います。みなさん、しっかりと成人としての自覚をもち、これから社会人としてはばたいていきましょう」と反撃。すると、ステージの下からは「てめーが代表じゃねえ、このやろー」などの罵声が飛んだ。
新成人代表の返しも中々立派だと思うが、「暴れた」側も成人式の代表権やオーナーシップの問題に抗議していて、なかなか立派であると思う。こういった異議申し立ては、問題の重要性や主張の合理性というのは議論されたらよいが、それをするということの重要性においては、例えば若者が安保法制に対して異議申し立てをする、ということと、なんら変わらない訳である。もちろん「荒れる新成人もSEALDSの若者も嫌い」という層もいることであろうが、それは端的にいって「自由からの逃走」であろう。
朝日新聞に掲載された論考の中で、作家中村文則氏が「俺は国がやることに反対したりしない。だから国が俺を守るのはわかるけど、国がやることに反対している奴(やつ)らの人権をなぜ国が守らなければならない?」と言われたという経験を書いている。
もちろん、そもそも反対する権利があるから「反対しない」(/支持する)という「自由意志に基づく決断」が可能になる訳であり、そこを見つめないことは「自由からの逃走」である。
これは、問題になっている議論の重要性とは関わりなく妥当する話である。
2016年1月8日金曜日
「科学論は科学とはなにかを決められるのか?」、あるいは科学の「線引き」という問題について
ということである。これは、オーストリア出身の科学哲学者、カール・ポパーの主張したことで、「反証主義」と呼ばれる。
2016年1月1日金曜日
2015年12月27日日曜日
遺伝子情報を利用した医療サービスの議論に、生権力に関する議論が欠けていることを憂慮する
厚労省の「ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース」で、進展するゲノム関連の医療技術に関する「規制」が議論されているが、ここではゲノム情報を「個人情報」として、個人情報保護法の範疇で議論することを求めるとされたようである。これに冠しては例えば「難病治療研究の妨げにも」という報道もあるが、逆に「個人情報として扱うだけでは、規制として不十分なのではないか」という議論もしておく必要がある。何方かと言えば、個人情報保護法とは別の枠組みで、ゲノム情報の取得と管理に関するルールが定められるべきであろう。というのも、ゲノム情報は、個人の情報というだけではなく、その親族の情報を部分的にせよ含んでいる。たとえばAさんがポリシーとしてゲノム情報を秘匿しておきたいと考えたとしても、家族数人のゲノム情報がとれれば、Aさんのゲノム情報はかなりの程度推察できる、という問題がある。もちろん、ゲノム情報が医療などでの有用性を持つことを考えれば、「Aさんの親族全員の同意をとるまでAさんの遺伝子検査をしてはならない」などということは非現実的である。一方で、なんらかの落としどころとして、Aさんの親族関係情報と、ゲノム情報が結合して処理されないようなストッパーは必要であろう。この点は、現在の個人情報保護法で十分とは言いがたいであろう。
また、「ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース」が、差別、排除の問題しか検討していないように見えることも懸念される。これは、例えば「遺伝子解析を「差別」につなげない仕組みづくりとは」という、遺伝子診断を実際におこなっているジーンクエスト社の高橋祥子社長へのインタビュー記事でも同様である。
2015年12月24日木曜日
大学入試新テストはOECD-PISAテストがモデルか?
大学入試センター試験に代わって記述式の問題などを取り入れた「大学入学希望者学力評価テスト」(仮称)が検討されているが、その試験問題などが朝日新聞(記事「考えるプロセス問う 大学入試新テスト問題例」)などで報道されていた。問題の全文は、文科省高大接続システム改革会議(第九回)の配布資料で示されたもののようである。記述式試験というと、フランスのバカロレアなどが有名である。グローバル化が主張されている中、そういう方向性化と思っていたが、問題文を見るとPISA試験との類似性が見て取れる。参考資料などとあわせてみると、PISAをモデルのひとつにしていることは明らかなように思われる。
2015年12月20日日曜日
「がんばる人を評価する政府」は極右ないし全体主義政府です
民主党の玉木雄一郎氏(香川2区)が次のような発言をしていました。
大切なのは「がんばる人が安心できる」社会だと思う。右派の「がんばっても安心できない」社会や、左派の「がんばらなくても安心できる」社会はいずれも社会の活力を奪う。当たり前のように聞こえるかもしれないが、この「がんばる人が安心できる」仕組みこそ、今の日本に必要な政策だと考える。
— 玉木雄一郎 (@tamakiyuichiro) 2015, 12月 16
それに対して、批判が殺到すると、
「がんばる」って言葉、私が考えているより狭く考えておられる方が多いなと思いました。病気で闘病されている方、少ない年金の中で一所懸命生計を立てておられる高齢者は、「がんばっている」人には入らないと考えてる人が多いのかなぁと。私は、がんばる人が安心できる社会を目指したいと思います。
— 玉木雄一郎 (@tamakiyuichiro) 2015, 12月 16
さて、この議論は大きな問題を孕んでいると考えますが、それについて説明します。
