2016年9月4日日曜日

「菅直人を逮捕せよ!」

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東日本大震災当時、どのような状況だったか、当時内閣総理大臣補佐官として菅直人首相らとともに対策にあたった寺田学衆議院議員が、手記を公開している。
5年前の記憶の全て : 寺田学のオフィシャルウェブサイト
これまで断片的に出ていた情報と大きな齟齬もないし、びっくりするような新事実もないと思うが、当事者から見た「現実」が時系列で繋がって、ここまでの情報量で提示されたのはありがたい。『シン・ゴジラ』がきっかけのようであるが、それだけでも「作品の力」というのを実感できるのではないか。





個別にはいろいろ考えさせられる所はあるが、気になったのは2点。まず、原子力安全委員会の班目春樹委員長の回答のまずさ(肩書は当時。以下同じ)。
 いろいろな意見はあろうと思うが、「原発が爆発する可能性はないのか」という総理の質問には「ありません」と答えており、(こちらは今回の回顧録には記述がないが、報道等によれば)海水を入れることで爆発が起こらないかという質問には「可能性がゼロではない」と答えたとされるなど、どの程度の可能性をどう表現しているのかについて一貫性がない。そのため、寺田氏からも「何とも頼りない」という反応を得ている。
 ただ、これは、氏個人の資質もあろうと思うが、リスク管理に置いて、どのようなコミュニケーションが可能か、ということの議論が足りていない、ということでもあろう。そして、現在でも再稼働の前提条件として、十分でないところなのではないか。

 一方、菅直人総理大臣は健闘していると思う。奮闘している東電の現場職員を怒鳴りつけるなど、人間としてどうかという議論もあると思うが、一方で班目氏への質問なども、前述のやり取りの折にも「総理が水素の存在をしつこく聞いていたのが印象的だった」と寺田氏が述べている通り、最低限の科学的リテラシーと同時に<自分がなにをわかっていないか>について把握していることを感じさせるやり取りが多い。寺田氏らがどちらかというと「自分の健康」みたいな部分から原発の状況に不安を感じ、それを元に様々な情報を処理しているのに対して、菅氏は一貫して「炉の状況」や地図的な放射線の拡散というところに想像力の焦点がいっているように見える。
例えば次のような会話は(それを総理大臣が懸念するところかというところはあるが、それはもちろんわが国の制度的不備であり、菅直人のせいではない)「誰がなにをどの程度わかってないか」という問題への菅氏の判断力をうかがわせるだろう。
総理「いつのタイミングで住民に飲んでもらえばいいのか」
班目「いや、それは現地の医者が適時判断するでしょう」
総理「現地の医者が判断出来るのか。医学の専門家であって、原発事故の専門家じゃない。そもそも線量の最新情報を医者が全員持っていないだろう」
班目「いや、現地の医者が判断出来ます」
総理「とにかく行政側から服用のタイミングについて指示を出せるようにしてくれ」
菅政権発足時は、鳩山政権が(主に外務省の<クーデター>により、と私は思っているが)短命に終わり、とりたてた準備もなく政権交代したこともあって、政策的には消費税やTPPといった官僚に都合のいい政策を丸呑みにする、最低の総理大臣という印象を持っていたが、この原発事故の際に、(彼の対応がベストではなかったにせよ)これ以上の対応ができた総理大臣がそれ以前も以後もいないのではないか。
 また、感情的になるタイプだからこそできたことに思えるが、法律的にはかなり危ない橋を渡っていることも事実である。これは寺田氏も十分認識している。とくに、福島第一原発に乗り込んで吉田昌郎所長に手動でのベントを求める場面と、2号機の爆発直後に撤退に際して東電に「・・・・・注水の人間は残してくれ。。。注水の作業員を除いての退避は認める。」のあたりは、法的根拠なしに一般企業の労働者にきわめて危険な作業に従事するよう、国が命じている構造になっている。前者は吉田所長が結論を下す役割を引き取ってくれたので法的な問題は発生していないように見える。寺田氏は「一連の会話を振返ると、総理は手動ベントを要求したのか、それとも、既に考えていた事を引き出したのか、私にはわからない。」と述べているが、福島第一原発の所長がもっと煮え切らない態度をとるタイプの人物で合ったら、対応は頓挫した可能性もあるわけである。後者の時は、一応「政府と東電の統合対策本部を作」って、その権限ということになっているわけだが、そもそもこの「統合対策本部」の法的位置づけについて、寺田氏も以下のように危惧を感じている。
一つの方向性が決められた。撤退の意思を持つ東電に直接に乗り込んで抑え、統合本部結成により滞っている情報共有含め諸問題を改善したいとの意図。それに際して、一点疑問が浮かんだ。(例え撤退が阻止されたとしても、今後、原発の線量が一層高くなり、作業員が自発的に逃避する事態になったら、どのような権限で、それを食い止めるのか。そもそも、総理が民間企業に深刻な命令を下すことは出来るのか)。そこで、
「統合本部を作って撤退を食い止めるとして、その権限の法的根拠はどこにあるのでしょうか」と発言した。

 再稼働における「避難計画」の策定に関して、たとえばバスの運転手などが被ばくが想定される業務を引き受けるか、ということが危惧されているが、そもそも原発の職員が次の事故に際しても士気高く現場に残ってくれるという保障はないわけである。
各国で、「軍人」は極めて尊敬されており、たとえば軍務経験のないトランプ氏が戦争で命を落とした兵士を揶揄するようなことをいうと、当事者の軍人のみならず世論が大きく反発するのは、軍人は国家のために「命をかけるからだ」という理解があるわけである。一方で、例えば各国で軍法会議というものが設定されており、敵前逃亡などを軍が厳しく処罰できることを定めているのは、土壇場でこの「命をかける」を放棄されると、そもそも軍事活動全般が成り立たなくなる、ということがある(先に、自民党の石破茂氏が、自衛隊に軍法会議のシステムがなく、たとえば敵前逃亡などを防ぐ方策がないことを指摘した。これは世論の反発を招いたが、「軍」というシステムに内在的な議論としては当然の話である)。軍人に関しては、政府はその命をかけることを命令できるのであり、その代替として国家や社会は様々な見返りを彼らに与えようとするのである。
ここから類推すれば、本来であれば、再稼働のさいの事故対策として、例えば一定レベル以上の事故に関しては、政府が現場職員に対して「命をかけよ」と命令することができるようにする必要があり、またその命令に従うことに対して、十分な手当てが保証されるように法令を準備することが必要なのではないか。例えば対策班を自衛隊員でまるっと置き換えるというようなことが想定されるが、これは知識や技術の養成という観点からは現実的ではないだろう。
 したがって、唯一の選択肢は、次の事故の際には現場職員から有志を募り、彼らを一時的に国が「徴用」するかたちで指揮系統に取り込むことであろう。これは、ちょうど民間船員を予備自衛官として戦時に動員するという議論があったが、それと同じような議論になる。
しかし、もちろん、この民間船員の予備自衛官化の議論も、先にあげた石破氏の軍法会議の議論と同様、当事者と世論から大きな反発が起きた。基本的に、日本社会は政府のガバナンスへの信頼が低く、そういったことを受け入れられる状況にはない、ということかもしれない。そのため、原発に関してもこうした議論が政府から提起されることはなく、おそらく次の事故が起こった場合、やはり同じように場当たり的に現場が動員されることになるのであろう。
 そこで、反原発運動にコミットしている菅直人元総理の選択肢としては、自ら「菅直人を逮捕せよ!」運動を提起するべきだと思う。寺田氏の手記からも、原発対策に関しては様々な法令違反やグレーゾーンの存在が示唆されているが、それらをきちんと弁護士などと検証し、どのような法律違反があり、かつそれがなぜ必要だったか、分析されるべきであろう。その上で、そうした問題を回避するためには、現場職員の徴用制度などが必要だということが提起されるべきだろう。
 もし、そういった法令の準備に取り組んだ場合、おそらくそれは世論の反発で実現せず、原発再稼動の大きな足かせとなるという意味で、菅直人氏の望むところなのではないかと思う。また仮に、そういった法律ができてしまった場合も、少なくとも現場の職員の「労働者としての権利」にとって良いことであるわけで(少なくとも、現場の方々の善意にだけ依存して、理不尽な労働が課されるということではなく、選択の機会とその際の条件が明示されるということになるわけで)、労働者の権利の擁護者にとってまったくの敗北というわけでもない。ご本人への政治的リスクを考えれば、もちろん他人が強制できることではないが、ぜひ一度ご検討いただけないか、と思ったりする次第である。