2023年12月1日金曜日

国立大学運営方針会議に関する議論について

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ボツ原稿公開。 



 

まとめ

 

・大規模大学に運営方針会議を設置するという国立大学法人法の改正は中止すべきである。

 

・国際卓越研究大学制度(所謂大学ファンド)のあり方は根本から見直し、一部の大学を優遇するのではなく、個々の研究者が持続的に研究していくことを支援するために予算を投じるべきである。

 

・大学法人法は、理論的には学長の独裁が可能になる、歪な制度設計になっており、この改正は考えるべきである。ただし、それは少人数の運営方針会議の権限によるものではなく、学生、同窓生、地域などの代表が参加できるような、開かれた制度にすべきである(なぜこういった制度設計がされたのかは定かではないが、おそらく「独裁は研究効率を上げる」という間違った前提に基づいている)。

 

・政治的、経済的な介入から学問の自由を守り、好奇心駆動型の基礎研究を可能にすることが国立大学の最大の意義であることを明示化すべきであり、迂遠ではあるがそれこそが科学技術創造立国への最短の道である。

 

・産学連携は現代の大学にとって避けて通れない課題だが、そのためには大学の交渉力強化が必要であり、そのための専門職を雇用することができるような枠組みが求められる。

 

・軍事研究については、大学で行われるべきではなく、株式会社や社団法人などの架橋機関とクロス・アポインティングなどを活用することによって、大学自体が軍事的な要請から自由であるように工夫する必要がある。

 

 

 

 

 

国立大学運営方針会議に関する議論について

 

 

序:今、国立大学の何が問題なのか?

 

 運営方針会議は本来、大学ファンド(国際卓越研究大学制度)からの資金を受ける大学に設置される予定であったが、東北大学しか審査にパスしなかったために、急遽大学ファンドを受けない大学にも導入を決めたようである。

 そこから推測されるのは、東北大学が目指した方向性が、国の想定に適っており、また運営方針会議を通じて他の大規模大学にも類似の方針を採用させることで大学ファンドの採択に至らせよう、ということではないか。

 しかし、東北大学が掲げた方向性には多くの問題があり、多くの国立大学の一つが冒険的に採用するならば兎も角として、日本の基幹的な役割を担う複数の国立大学がこぞってその方向に動く可能性があることには、大きな問題があると言わざるを得ない。

 せっかく「東北大学一校だけ」という結果になったのであるから、残りの予算は根本から制度設計をやり直し、より幅広く大学を支援する制度に切り替えるのが有効なのではないか。

 

 この問題を考える上で、なぜ大学には「学問の自由」が認められており、政府は大学の方針に対して極力介入を避けるべきというコンセンサスが、歴史的に形成されてきたのかということを理解する必要がある。

 「学問の自由」とは、別に「好き勝手やって良い」という意味ではなく、研究者には職業上の倫理があり、この倫理的拘束に従った上で、内心の自由と知的探究心のみが研究活動を律することができるし、律するべきだ、ということである。

 この倫理を、20世紀を代表する米国の社会学者であるロバート・マートンは四つの原則にまとめている。

 すなわち(1)普遍主義、(2)公有主義、(3)利害の超越、(4)系統的な懐疑主義である。

 なぜこういった原理原則が提示されたかは本項の全体を見ていただきたいが、詳しく見るまでもなく、それぞれは「稼げる大学」とも資本主義そのものとも相性が悪そうだということは見て取れるだろう(ここで「公有主義」と訳しているのは原文では Communism / 共産主義、である。もちろん科学の主眼は「産出すること」ではないので、ここでは公有主義という翻訳を採用するが、要するに科学的な成果は誰かが独占するのではなく、広く共有されるということである。この言葉が利用されたことからもわかる通り、戦前の米国では共産主義という言葉は今ほど否定的には受け取られなかったわけだが、戦後のアメリカ社会ではこの拒否反応が強くなったせいで、現在ではマートンの規範を紹介する文章の多くがここを、Communalism という言葉に言い換えている。どちらの用語を採用するかに関わらず、科学研究というのは、本質的に私的所有と相性が悪いということは認識される必要があるだろう)。

 

 これらの規範に内発的に従う自由(という言葉が分かりにくければ、ここでは自発性とか自律性とか言い換えても良い)こそが、特に基礎研究について重要である、という点を説明したい。

 


 

1. 基礎研究とは何か?


 科学研究を、基礎、応用、開発という三つの段階に分けて考えることがある。大学の問題を考える時は、この「基礎研究をどこまで支えるか」という論点が重要である。応用、開発研究は製品に直結するため、企業でもできるが、基礎研究は直接的な利益に繋げにくいため、大学や公的な機関以外で行うことが難しい。

 

 しかし、基礎研究とは兎角イメージがし難いものである。基礎研究をざっくりと説明すれば「こう役にたつ」というよりも「世界の仕組みが知りたい」という動機から行われるような研究のことである。以下に二つの例を挙げるが、この二つは2017年の全米科学振興協会年次総会でのバーバラ・シャール会長の基調講演を参照した。この年の総会は、科学研究に敵対的なトランプ政権誕生を受けて、危機感の溢れるものになったのだが、その様子は春日(2017)を参照)。

 

 アインシュタインの相対性理論は典型的な基礎研究であり、「光の速度が、どのような速度の観察者から見ても一定だったらどうだろう?」という思いつきから発展された。

 もちろん、若いアインシュタインは、その思いつきを使って儲けられるとは期待しなかっただろうし、もしアインシュタインが「儲かる研究」を強要されていたら、もっと別なテーマを選ばざるを得なかっただろう(実は、アインシュタインは弟子のレオ・シラードと共同で冷蔵庫の改良に関する特許を取得している。この特許は当初職に恵まれなかったシラードの研究資金として、それなりの額になったようであるが、時代の流れによって結局この技術が製品化されることはなかった。もし原子力技術の創出を担ったこの2人がさらに困窮して、「売れる」技術の開発にのめり込んでいたら、20世紀の歴史はだいぶ違ったものになった可能性もある)。

 21世紀の我々は、もしアインシュタインの研究がなければ、GPSなどの現代文明を支える様々な技術は存在できなかったことを知っている。

 光の速度が普遍であるという奇妙な発想からは、「重力によって時間の流れ方が変わる」という、ニュートンの理論からは導けない(そして我々の直感に反する)奇妙な結論が導かれるのであるが、その結果として、地球表面と空の上では時間の流れ方が違うのである。

 これを、相対性理論の論文が出版された頃に実感することは不可能だったろうが、現代社会では致命的なことになる。

 例えば、誰の携帯電話にも搭載されているGPSは、マイクロ秒単位の計測に依存しており、相対性理論を考慮しなければ人口衛星の時計と地上の時計は数十マイクロ秒単位でずれていく。このため、相対性理論なしではGPSは数百メートル、数キロメートルの単位でずれて行くことになる。

 しかし、1905年に一般相対性理論の最初の論文を発表した若いアインシュタインに対して「1970年代にはGPSの開発を進めたいから、今のうちに光の速度の特殊性について検討しておいてくれという依頼を出すことは、人ならぬ身には不可能である。

 これが「基礎研究」ということであり、大学がトップダウンでプロジェクト・ベースの研究だけを行うということは、こういった視点が難しくなるということである。

 

イエローストーン国立公園の
温泉とトーマス・ブロック

 もう一つ、温泉に住むバクテリア、サーマス・アクアティカスの研究についても見てみたい。まず、新型コロナ問題で世界的に知られるようになったPCRという技術がある。これは現在のバイオテクノロジーの発達になくてはならない技術であり、開発者のキャリー・マリスはこの研究でノーベル賞を受賞しているが、この研究自体はヴェンチャー企業であるシータス社(その後スイスのノヴァルティスに買収された)で行われており、当初から経済的な実益を期待された応用的研究である(シータス社はPCRの権利を巨大製薬企業であるスイスのロシュ社に3億ドルで売却した。ロシュ社はこれを製品化し、おそらく年間2億円程度の売り上げを確保したと推計された)

 一方で、当然のことながらこの研究は膨大な先行研究に支えられており、その一つがインディアナ大学のトーマス・ブロックのチームによる、1960年代に行われた研究である。ブロックはイエローストーン国立公園の間欠泉のなかで、高温の中で繁殖するサーマス・アクアティカスというバクテリアについて論文をまとめ、またその株をワシントンにあるアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)に送った(ATCCNPOとして運営されている世界最大級の生物資源管理組織である)。



 シータスで研究されていたPCRの際に、DNAの螺旋構造をほどくために高熱をかけるのだが、タンパク質が熱で壊れてしまうという問題を抱えており、それを解決するためにサーマス・アクアティカスが注目された。

 ATCCの資料は世界中の研究者が購入でき、シータスはサーマス・アクアティカスの株を35ドルで購入した(もちろん、シータスはサーマス・アクアティカスだけを買ったわけではなく、おそらく数百や数千の株を購入したことと思われるので、それだけがPCRの開発コストということではない。一方でブロックのチームが何年もかけて行った事業の成果は、何千件も売れるとも思えない株の数十ドルである。これは、ブロックとATCCが資本主義的な目的のためではなく、学術の発展のために事業を行っているということを示す。もちろん、ブロックが「株の販売で研究費を確保しよう」と思ったら、多くのヴェンチャーがそれを利用するのは不可能な金額になるだろう。基礎研究の部分は市場競争の外部におかれる必要がある、ということである)。

 この例も、おそらく1971年創業のシータス社であれ誰であれ、1960年代にブロックに対して「高熱で壊れないポリメラーゼが必要なんだ。ちょっと温泉のバクテリアを調べてみてくれないか?」と依頼することは困難であるし、ブロックも自分の研究がPCRにつながるとは予想していなかった(ブロック自身も「私たちが行ったのは基礎研究であり、それは実用的な目的なしに、新しい事実や原理を発見するために行われるということを意味する。基礎研究がそこから応用が立ち上がる基盤であるというのが科学の定説である。このイエローストーンでの研究はこの定説の最も良い事例の一つである」と説明している(Block 2017:iii))。

 

 「光の速度で光を追いかけたらどうなるか?」や「生物はどの温度まで生息できるか?」といった疑問は、小中学生向けの科学入門書の定番のような話題であり、政治家や経営者を含めて科学者ならざる皆さんの中にも、そういった本に興奮した記憶がある方も多数いらっしゃるに違いない。

 おそらく、人間性に基き、我々に備わった根源的な好奇心が生み出す「世界に対する疑問の構造」のようなものがあるのだろう。

 一方、そうした好奇心を、大人になってもすり減らさずに持っているのは難しいし、そういった研究を推し進めるための時間や研究費を自前で確保できる人は、おそらく世界でも僅かである。

 こういった研究を「好奇心駆動型(Curiosity Driven)研究」といい、応用・開発研究を「目的志向型(Mission Oriented)研究」と呼んで区別することがあるが、本来的にはこの「好奇心駆動型」のために大学があり、「目的志向型」は元々企業やその目的のための研究機関で行われるものであった。

 

 20世紀を通じて、好奇心駆動型と好奇心駆動型の境界線が揺らぎ続けているのは確かであり、大学でも盛んに応用研究が行われるようになったのは事実である。

ブロックが行ったような微生物の収集も、すぐに企業が参入し組織的に行うようになる。

 イエローストーン国立公園は1977年、ダイヴァーサ社(その後、独BASFに買収された)との間に協定を結び、同社が国立公園の自然保護事業などに資金を提供する代わりとして、公園の自然から得られる資源を商業化する権利を与えた。

 こうなると、地味な「微生物の収集、分析と保存」という研究が目的志向型の研究として行われるようになり、資金も確保できるということになる(一方で、生物多様性やバイオパイラシーといった観点から問題が引き起こされるようになるのだが、それはまた別の問題である)。

 そして面白いことに、すでに目的志向型でコントロールされた研究領域がいかに経済的利益をもたらしそうであろうが、それには関心を示さず、「誰も知らないこと」を求めて好奇心駆動型の研究に邁進したがる、世捨て人のような研究者になりたい人というのは、なぜか一定数いるのである。

 

 この金になりそうになく、余人に理解できず、とっぴな発想だけに立脚した研究をどのように推進するのか、ということが本来問題になるのだが、世界の大半の科学者は「効率のいい裏技などない。博士号やテニュア審査で能力を認められた若い研究者が、なるべく多く、安定した環境で研究に専念できるようにして、”数打てば当たる”方式で進めるしかない」と答えるだろう。

 一般的な政治家はおそらく、若い科学者たちの職を不安定にすれば何か研究が捻り出されるだろうと思っているのだが、実際はこの飢餓作戦は、少なくとも好奇心駆動型の研究者にはうまくいかないだろう。

 基本的にこのタイプの研究は、報われる可能性が少なく、報われたとしても数十年、数百年先であることを考えれば、経済的利益を求めて参入するにはオッズが悪すぎるのであり、それでもやりたいといのは「好奇心」以上の理由はないのであり、経済的に困窮させたところで脳の働きが飛躍的に向上することはあり得ない。

 一方、ハイリスク・ハイリターンを志向し、ヴェンチャーを起こすことが目的で研究業界に参入してくるタイプの研究者も確実に存在する。こうした流れは戦間期を端緒とし、20世紀を通じて急速に進んだ。数学者ノーバート・ウィーナーなどは当時、こうした科学に敬意のないタイプの研究者の発生を著書の中で嘆いているが、21世紀の現在では「稼ぐ大学」は、大学のもう一つの役割だと考えざるを得ないだろう。

 

 ちなみに米国では「軍事研究こそが基礎研究である」という認識があるが、それは科学研究費をめぐる歴史的経緯に由来している(つまり、軍事研究と基礎研究の結びつきは本質的なものではない)。

そもそも、19世紀までは科学研究に国家が資金を出すことは例外的で、貴族が私的な資金で科学者を支援したり、自分自身が私財を投じて研究したりといったことが一般的だった。しかし、第一次世界大戦で科学の成果としての「技術」が広く利用されたことが列強政府の認識を転換させ、国家が研究を支援してその果実を利用するかどうかが、国の存続に関わるという認識が広がった。

 そのために、最初は多くの国が軍事予算の枠から科学者を支援していたのであり、米国はその流れから、現在に至るまで国防総省の予算が依然として研究費にとって最大の財源である。大統領の科学技術顧問などを務めたヴァネヴァー・ブッシュは、このことに危機感を覚え、全米科学基金(NSF)を設立したが、NSF経由の予算は現在でも限定的である。

 一方、敗戦国である我が国は、軍事予算が使えなかったために、科学技術振興協会などを通じて、純粋に科学者側のニーズに沿った予算配分が可能になった。これは、瓢箪から駒のような話であるが、日本の科学を復興するのに大いに寄与したと思われる。軍事技術が民生用技術を牽引する「スピンアウト」が起こらなくなるため、これは不利ではないかという見方もあり得るが、実際は次節に見るように、日本の民生技術は戦後、米国を圧倒したのである。

 ここの歴史的経緯は、現在退潮している日本の、家電などの民生技術の復興を目指す際にも大いに参考になると思われる。

 

 


2. 応用研究をどのように活性化させるべきか?

 

 この「若者に対する飢餓作戦」は、何も研究者だけに適応されているわけではなく、日本政府は四半世紀に渡って、ほぼ全ての業界に渡って、雇用水準を切り下げ、「食べて行きたければ努力しろ」というサインを出し続けているが、その結果として日本の国際的な経済競争力は低下の一途を辿っている。研究開発に絞って言えば、問題は、基礎研究の能力を担保しつつ、応用・開発研究を延ばすことができるか、ということである。自分のヴェンチャーを起こして金持ちになることを夢見る若手研究者に対しては、飢餓作戦は多少は意味があるかも知れないが、それが最も効率的かということには疑問がある。

 日本は研究によってアメリカのようなヴェンチャーを作れていないという批判があるが、欧州でも状況は同じである一方で、実は本稿で見てきたように、米国のヴェンチャーは屡々、欧州の大企業によって買収されている。グローバル化した世界において、どこの国籍を持つ誰が、どこで創業し、それをどの国の企業に売るかはたいして関係がない。日本人が日本で起業しにくければ米国で起業すればよく、また日本の大企業の国際競争力が弱ければ、必要なヴェンチャーをどこかの国から買えばいいだけということだ。それで日本の国際競争力が低下しているというのであれば、資本を持った日本の大企業の経営陣の能力の問題であって、若い研究者の問題ではないかも知れない(倒産寸前だったシャープが鴻海に買収されて業績が回復したことを思い出してもいいだろう)。

 もし、日本の富裕層にアニマル・スピリットが足らず、土地と国債にしか安心感を見出せないことによってヴェンチャーに投資するリスクマネーが少ないのだとしたら、それも「若い理系研究者」を操作的に扱って解決できる問題ではない。この問題に関して、大学に反省点があるとすれば、科学者が「科学技術のわかる経営者や投資家」を育てようとはしてこなかった事かも知れない。

 現在米国の巨大企業を見渡すと、Google のサンダー・ピチャイCEOのように、理系学位(修士ないし博士)とMBAの両方を保持しているという人が少なくないが、「何事にも一筋」が好まれる日本ではこういった人材は多くない(そして、大学ランキングなどを信用するのであれば、日本の大学において真に国際競争力がないのは理工系学部ではなく経営学部であるが、そこへのテコ入れという政策は、これまでほぼ、とられたことがないといっていいだろう)。

 大村智がノーベル賞を受賞した研究は、大村が採取、分析した微生物のうち有用そうなものを独メルク社と共有することによって行われた。大枠でやっていることは、先のダイヴァーサ社のモデルと似ているように思われるが、だとすれば「果たしてメルクと大村の取り分は公正だったのか」つまり、おそらく巨大な法務部門を抱えている世界的な大企業と、大学研究者が契約において対等に渡り合うことができるだろうか、という問題が惹起されるのではないか?

 仮に、日本の誰かが大村の研究をカバーするような企業を作り、一定の成果が溜まったところでメルクなり他の会社なりにバイアウトしたとして、利益の配分がどのように変わったか、ということを考える必要があるかも知れない。もちろん、ノーベル賞は研究への情熱と、それが「忘れられた熱帯病」に対して多大な貢献をなし、先進国だけではなく、世界中の人々を救ったことが評価されたのであり、大村の研究手法が利益を追求したものではなかったことは、その賞賛に寄与こそすれ、毀損するものではないと思う。一方でもし日本政府が「科学研究から利益を出したい」と思うなら、ここに改善の余地があるのも事実であろう。

 

 日本政府は、開発力の減退を、大学をより「目的志向型」に切り替えると同時に、軍事研究などに巻き込むことでも日本の競争力を高められると考えている節がある。しかし、軍事研究が民生研究を牽引する「スピンオフ型」の研究が必要だった時代はすでに終わっているのではないか、と多くの研究者は考えている。

 1980年代、日本では大学予算は切り詰められ、国立大学が「頭脳の棺桶」と呼ばれた時代であるが、その一方でノーベル賞などの研究がなかったわけでもなく、また先端技術の製品開発という意味では、日本が米国に対する優位を保っていた時代である。もし日本の大学が応用研究に後ろ向きであることが現在の長期不況の原因だとすれば、こういった構図は奇妙と言えるだろう。

 実際は、日本の研究は民間企業によって主導されており、民生用が先行する形式が主流であった(この形式に適切な名前をつけることは難しいが、ここではとりあえず慣例に従って「スピンオン」型と呼んでおこう)。

 

 日本がスピンオン型で開発に成功した技術の典型例の一つが、カーボン繊維である(詳しくは志村幸雄 (2008)参照)。カーボン繊維は、米国のユニオン・カーバイド(現在はダウに吸収されている)と米空軍材料研究所の共同研究によって最初に開発されたが、結局市場を席巻したのは東レなどの日本企業勢であった。軍事研究のできない日本では、カーボン繊維は主にゴルフクラブや釣竿の材料として開発され、結果的にはこの技術が世界的に利用されるようになった。

 軍事研究が失敗して、民生研究が成功する理由としては、前者が秘密主義的に行われるのに対して、後者がユーザーに対してオープンな形で行われ、ユーザーからのフィードバックも早く、メーカー間の競争も働くということがある。ゴルフや釣りは比較的所得や学歴の高い層の人々が趣味としていることが多いということもあるだろう。一般に、こうした趣味に講じる人々は、性能の向上が確かだと思えば頻繁に道具を買い換えるし、その結果として製品の世代交代も早く、口コミや雑誌媒体でのレビューを使って製品のメリット・デメリットが熱心にやり取りされる。政府調達品が、多少のマイナーアップデートはあったとしても、基本的には使用が決定されてしまえば短くても数年、通常は十年以上にわたって使われることを考えれば、開発に与える影響の大きさは明らかであろう。

 スピンオフ研究は、趣味にお金を投じて工業製品を買うことが習慣化されている中産階級が一定の規模で存在するようになるまでは有効性が高かったかもしれないが、一定の経済成長を遂げた社会においては、スピンオン型の方がイノベーションは早い。特に、日本の消費者はクオリティに対して厳しく、このことが日米貿易戦争における日本の優位に寄与したであろう。日本の家電量販店に行けば、家電やオーディオ機器などに詳細な「スペック表」が付いているが、20世紀後半の日本の若者であれば、アルバイトをしたお金を持って(まだ電子マネーはなく、クレジットカードもそんなに一般的ではなかった)これらの店に行き、友人とその意義について議論しながら購入するものを決めたものである。

 こう言った「厳しいアーリーアダプターが豊富にいる」というアドバンテージも、雇用の非正規化の推進などによって日本社会から消滅しつつある(皮肉なことに、現在こうした日本のアーリーアダプター層の忠誠を一定規模で確保し、イノベーションに反映させている最大の企業は米アップル社かもしれない)。

 教育課程審議会会長を務めた作家の三浦朱門はゆとり教育の推進について「100人中23人はいるはずのエリートを伸ばす。それ以外は実直な精神だけ持っていてくれればいい」と述べたというが、こういう考え方に基づいて政策を推進した政府与党は、経済的にも学力的にも「分厚い中間層」の存在が、製造においてはQCサークルのような仕組みを可能にし、消費においてはアーリーアダプターとしてイノベーションを促進したという構造を見逃していた。こう言った思想と、派遣法改定、公務員削減などによる非正規化、不安定化という政策的方向性は一貫しているだろう。

 

 バブル期まで、日本では大学と企業の役割分担は明らかであり、その両者には断絶があった。しかし、バブル崩壊後、日本の企業の多くが基礎研究を担ってきた中央研究所を廃止し、その役割を大学が担うことを期待した。大学院重点化、任期制やポスドク1万人計画、科学技術基本法、21世紀COE(やその他の大型資金)、国立大学法人化といった一連の施策は、そういった流れの中で出てきたものである。

 しかし、日本の産学連携は、現在に至るまで多くの問題を抱えている。その一つとして、産学連携は大学の「社会貢献」であるという見方が強く、結果として大学側の研究が大幅なダンピングになっている事例が散見されるということである。元々大学というのは、知的インフラとして整備された公共財であり、その成果は市民に広く共有されるべきものであるが、一方で産学連携の場合、出資者である企業に程度の差はあれ優先権が生じるという問題がある。しかし、20世紀も後半になり、科学技術研究に膨大な予算が必要になってくると、各国の大学は産学連携を解禁し、日本もこれに続いたわけである。

 ところが、これが結果的に安売りになってしまって、獲得できる研究費を教員や研究室メンバーの労力の方が上回ってしまうということになると、単なる知の囲い込みという問題だけが残ってしまう。しかし、一般論として日本の大学は商売をするようには作られてこなかったのであり、法務やセールスの専門家がきちんと備えられている大学の方が珍しく、商売のプロである企業と対抗するのは困難である。その結果として、最も大きな被害を被るのが大学院生やポスドクなどの若手研究者であり、彼らは屢々、対価なく産学連携プロジェクトに巻き込まれる(事例は山田剛志(2020)を参照)。

 そうなると、給料もないのに企業のための研究に時間を取られ、しかもその研究成果は大学と企業の契約に拘束され、論文発表もできないという事態に追い込まれる。もし軍事研究が導入されれば、秘密保護法などとの関係によって問題はさらに深刻になるだろう(今のところ、政府は防衛省からの研究であっても秘密保護に関するような問題は大学に出さないとしているが、そもそもデュアル・ユースで公開の研究であれば、防衛省からの委託研究にする必要はない。たとえば「船舶の輸送効率を向上させる船底塗料の研究」であれば政府内で役割分担を決めて、国交省なりから委託をすればいいことである。これをわざわざ防衛省と大学の関係性にしたいという動機がどのあたりにあるかというのは、懐疑的になった方がいいであろう)。

 

 こうして考えれば、一般論として大学と社会の知的・文化的・経済的交流がもっと盛んになるべきだ、という前提には賛成したとしても、経済的利害は対立している。資本主義的な原則という意味では、経済利害の一致しない複数のプレイヤーが利益を最大化しようと交渉を重ねることで、社会全体の生産性が上がっていく、というのは間違ってはいない。

 しかし、運営方針会議が法人の利益の最大化に関心を持つ構造になっているのか、あるいは政財界の利害を大学に押し付ける機能を持った組織であるのか、法律そのものからは判然としない(つまり、筆者は後者を疑っている、ということである)。

 運営方針会議は民主的機関というには選ばれ方も単純で、人数も少なすぎるだろう。

 文科省と大学の間での綱引きによって誰が選ばれるかは代わってくるだろうが、大学にとって好ましい人を自由に選べるのであれば、実態は今と変わらないだろうし、政財界の利害を代弁する人が選ばれるのであれば、ここで述べた状況は悪化するのではないか。

 すでに述べたとおり、財界としては中央研究所を維持できなくなった分を国立大学に担ってほしいという前提があるのであり、大学の資産を安く使えた方が好ましいのである(もちろん、高くても質の高い研究をピンポイントで行えればWin-Win になるという考え方もあるが、これは知の生産者と消費者双方に高いスキルが必要であり、現状それを実現できているケースは多くはないだろう)。

 

 そもそも、稼げる大学にしたければ、そういったことが苦手であろう教授たちに代わって、ポスドクや大学院生の人件費や様々な間接経費を把握し、教員の研究の付加価値を見定め、適正な金額を企業から徴取するために適正な契約を結ぶ能力を持ったスタッフを配することであろうが、そう言った改革はこれまでもなされてこなかったし、運営方針会議の設置によってそうなることもないだろう。国立大学であれば、商業的な姿勢は好ましくないということであれば、研究を受託する機関を法人と分離するという手もある。

また、すでに触れた軍事研究であればなおさらである。軍事研究や産学連携は、最初に説明した基礎研究の公開性を脅かす可能性がある、というのは世界共通の認識である。その負の影響を抑えるために、これまで様々な工夫がされてきており、法人を分けるというのはその最もありふれた手法である。

米国でも実は軍事研究を禁止している大学は珍しくなく、その筆頭は名門私学であるシカゴ大学である。その代わり、シカゴ大学とほぼ一体化された形で、エネルギー省傘下のアルゴンヌ国立研究所が存在しており、シカゴ大学の教員はこちらで軍事研究を受けることができる。アルゴンヌの前身は米国物理学会の重鎮であるアーサー・コンプトンをトップとするシカゴ大学冶金研究所であり、同研究所は第二次世界大戦中、原子力爆弾のためのウランの製造に関わっていた。

 ここではアーサーの兄で、同じく物理学者であると同時に米国の科学技術政策において重要な役割を果たしたカール・コンプトンが軍の研究施設の開設の際に述べたという警句を引用しよう。

 「不幸にして、秘密と進歩とは相容れない。軍事的目的のためだろうと、または他の目的のためだろうと、このことは常に科学に当てはまる。研究の自由と発表交換の自由が確保されている雰囲気の中で、同じ領域または近い領域で積極的に活動している人々の間に不断の切礎琢磨が行われている場合に、科学は繁栄し科学者は進歩する。科学に少しでも秘密を課することは、進歩にブレーキをかけるようなものだ」(マートン(1961; p.489)からの孫引き)。

 そういった背景から、アルゴンヌ研は戦後、大学から独立して設立されたものである。

 こう言った形で別法人としておけば、たとえばA教授は月曜日から水曜日まではX大学の教員として学生の指導にあたり、木金は防衛省Y研究所の研究員として軍事研究のためのチームを率いる、ということができる(後者のチームは有給で、守秘義務契約を結ぶ、ということが重要である)。

 複数機関に渡る雇用を「クロス・アポインティング」と呼ぶが、国立大学の法人化のメリットの一つが、公務員としての専念義務を外せることにより、クロス・アポイントが可能になるということであった。これは、研究者個人として軍事研究や産学連携に参入しやすくなるということだったはずであり、法人化してみてそうならなかったというのは、学術会議だか何者だかの妨害というよりは、この部分の制度設計がきちんと行われなかった、ということだろう。

 

 クロス・アポイントの最大のメリットは、大学の公開性を担保できるということである。

 大学というのは、各国からの留学生や客員研究者が集まり、自由に議論をすることが求められているのであり、それらは国家的な機密とは相性が悪い。

 そのため、A教授が主宰する国立X大学A研究所では中国やイランといった、西側諸国とは対立関係にある国からの留学生も含めて自由に研究を行い、防衛省Y研究所では守秘義務契約を結んだ有給の研究員(それは国立大学のポスドクや院生が兼任しても良い)のみが研究に関与できるという形にすればいいわけである(実際は、たとえばA教授のラボが302号室で、そこには院生は出入り自由であり、303号室はX大学から防衛省が賃貸し、日常的には鍵が掛けられている、という程度の管理で十分なことが多いだろう)。

 

 ここまで見てきた通り、基礎研究という意味では大学は自律的であるのが好ましく、応用・開発研究であれば、大学と受益者の間にどのようなクッションを置くかということが問題になる(法人を利用してクロス・アポインティングを行うというのは、その有力な選択肢であるということはすでに述べた)。


 

結論:自由で独立した大学のために

 

 基礎研究のための大学というのは、研究するもの(それは本来、教員と学生の両方を意味する)本質的には企業というよりは中世の同業者組合(ギルド)に近い。実際、歴史的に見てもギルドと大学は組織の進化としては相似的である(最初は学生/徒弟として入門し、学位を取るか「職人」と認められると自由人であり独立した経営主体であると見なされ、最後は教授/親方として大学/ギルドの運営に参画するようになる)。この観点から見れば、世界の大半の大学で学長は教員の選挙によって選ばれる理由がわかるだろう。

 

 現在の、日本の国立大学法人法はその意味で奇妙であり、また「法人法」としても奇妙である。通常、どんな法人でも個人の暴走を避けるために、株主(あるいはNPOであれば社員)の合議体が全体を管理したり、執行機関と議決機関を分離したりといった制度が取られる。

ところが、2003年に成立、施行された国立大学法人法では、学長が独裁体制を築けるように設計されている。教員の選挙は廃止され、経営協議会と教育研究評議会が指名した学長選考会議が次の学長を選ぶのだが、この経営協議会と教育研究評議会は学長が指名する。理事会も、学長が指名できるため、実質的に学長の補佐機関である。したがって、学長が自分の意中の人物だけをそれらの地位に選んだ場合、事実上学長の独裁が可能であり、また何期でも自分の望む限り学長を続けることができる。

 ただ、当初多くの国立大学が「意向投票」という形で学長選挙を継続し、学長選考会議も当初はその結果を尊重していたため、この制度は有名無実化するかに思われた。ところが近年、意向投票と違う学長を選ぶ大学や、意向投票そのものをなくす大学も出てきた。これは国立大学法人法の立法に際しての政府の方針に沿う結果ということになるのだろうが、なぜそんなことをしなければいけなかったのかということはもっと追求されるべきであろう。

 

 仮に法律がそれを要求していなくても、意向投票は行うべきだというアカデミック・コミュニティの直感は軽視すべきではなかった。もちろん、大学人の内輪の理論だけが大学を支配することの正当性という問題はある。そうであれば、たとえば学生や同窓会、地元の代表者を含めた評議会を組織の議決機関として設置するとか、サイエンスショップのような窓口を地元の市民社会や中小企業に対して開くといった解決策が望ましいだろう。

 

 

 大学の生産性を最大にするためには、それは営利企業よりはギルドをモデルとすべきであるというのが、歴史的教訓である(これが、当初多くの国立大学が、政府与党の意向を無視して、法律に要求のない「意向投票」を維持し続けた理由であろう)。そして、安定して好奇心駆動型の研究を追求するために、テニュアをもった研究者は多い方が良い。

 一つ、大学人が認識すべき点は、全米大学教授協会が常々強調するようにテニュアは「頑張ったご褒美」ではなく、研究者が外来の圧力に抗して学問の自由を維持するためのものであるということで、そこには責務が伴うということである。解雇自由を原則とする米国の法体系の中では、テニュア制度以前は大学教授といえども政治的圧力によって簡単に解雇されていた。

大きなスキャンダルになった初期の例として1894年、アメリカ経済学会の創立者の1人としても知られる著名な経済学者であり、州立のウィスコンシン大学マディソン校のリチャード・イリーを、労働者が労働組合を結成する権利を擁護したことなどから、州政府が大学に解雇の圧力をかけてきた事件などがある(皮肉なことに、この介入を行ったのは、共和党によって作られた、州政府の学校に対する管理権限を強化する法律を批判して当選し、それを廃止した民主党知事政権時代である)。大学運営委員会は学問の自由を擁護し、イリーの地位は保持されたが、イリーのような著名な教授ですら政治的な理由で地位が脅かされることがあるという事態は、制度化されたテニュア要求への機運を盛り上げた。

 全米教授協会のウェブサイトは、テニュアが必要な事情の例として、2003年にヴァージニア工科大学のマーク・エドワーズ教授が、ワシントンDCの水道水に高濃度の鉛が含まれていることを明らかにした研究の事例を挙げている

 テニュアは基本的に、政治的・経済的に強力な外部機関からの圧力に抗して、大学教員が科学的真実と自分たちの信念に従うことができるようにする装置である。この辺りも「自由」と称しているが、一方では職業的義務の問題であって、決して「好き勝手やって良い」という自由ではない、ということの意味である。

 (ただし、米国の社会制度上は大半の雇用者が解雇自由という条件で就業しており、大学教員のテニュアはいわば特権である。一方、日本社会では正社員一般の解雇はより守られており、大学だけ特別に任期法を制定するなど、不安定化させているのであり、テニュアを獲得してやっと一般的な企業の労働者と同等になれる、という違いはある。このため、仮にテニュア制度が標準化しても、それを「一般の労働者より高い責任の対価」と捉えることは、日本の研究者にとっては難しいかもしれない)。

 

 重要な点は、1990年代から行われてきた、日本の大学に対する諸改革(大学院重点化、ポスドク1万人計画、任期法、科学技術基本計画・基本法、国立大学法人化、21世紀COE等々)はどれひとつとして、日本の研究能力の強化に寄与しなかったということであり、むしろ、その凋落の原因ですらあったのではないか、ということである。大学法人法の更なる改正は、この方向をさらに進めることになるだろう。

 この機会に、少なくとも2003年まで議論を巻き戻し、学問の自由と大学の社会的責務、教育機会の平等と社会的多様性といった論点を満たす国立大学の在り方を再設計するべきである。

 

 


文献


Brock, Thomas D. 2017  "A Scientist in Yellowstone Park" (PDF)

 

春日匠2017トランプ政権下アメリカの科学・技術と科学者全米科学振興協会(AAAS)年次総会での議論を中心に」『科学』 87(5) 0495-0500


 

マートンロバート・K. 1961  社会理論と社会構造』 森東吾 等訳 みすず書房

 

志村幸雄 2008世界を制した「日本的技術発想」 日本人が知らない日本の強み』講談社

 

 

山田剛志2020 搾取される研究者たち : 産学共同研究の失敗学』光文社

 

 

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