TPPにもいいところがあるとか、あるいは民主党がどうしょうもないとか書くとなると、安部首相を支持するのかと言われそうであるが、そういうことも言わざるを得ない、という話である。
維新の党に続いて、民主党でも分裂論争が続いている。自民党一強時代にあって、野党側がなんとか立場を強くしようと離合集散を繰り返す様は大変見苦しいとしかいいようがない。政党というのは、元来、追求する理念や政策を共有する人々があつまり、その代表を国会に送るための組織であるが、日本では(共産、公明を別として)理念の共有というよりは、選挙に受かるための互助団体という側面が強い。ただ、このことには選挙制度の問題や、政策を吟味して投票しない有権者の責任もあるので、一概に野党政治家の責任とばかりも言い切れない(また、野党に回った自民党の政策議論能力のなさも我々は見て来た訳である)。
ただ、野党に多少は政策集団としての気概を見せてもらわなければ、国会での論戦がやせ細る。国会での論戦がやせ細るということは、立法においてより目配りの利いた議論が行われ、それが法律に反映されるということがなくなる、ということであり、これはテロや領土問題よりもよほど国家の危機である、という認識が欲しいである。
私は、TPP(環太平洋経済協定)についてまったく支持も評価もしないが、実はそれでも「TPPのよいところ」などない、とは言いがたい。ところが、民主党は(自民党の憲法無視によって不十分な時間しか与えられていない貴重な審議の機会を捉えて)無数にある問題点を洗い出すのではなく、この利点を欠点であると論じるという失態を演じているように思われる。
まだ議事録はあがっていないようなので、産經新聞の報道に頼らざるを得ないが、「参院予算委 民主、徳永エリ議員また的外れ質問 甘利氏あきれる」という記事によると、次のようなやり取りがあったらしい。
質問者は農業や酪農が盛んな北海道選挙区選出の民主党のトップバッターとして登場した徳永エリ参院議員。徳永議員は「強制労働で生産された物を輸入しないことを奨励すると規定しているが、これは競争条件を公平にするため、(労働賃金が安い)新興国に対して労働規制を強化しろと言っているのではないか」「(新薬のデータ保護期間)の延長で、安価なジェネリック薬品を作れなくなり、日本国内の医療費が恐らく膨らむ」などと7分間にわたって質問を続け、「この分析は間違っているでしょうか」と問いかけた。
すると甘利氏は「全く間違っている。本当に御党の中で、そういう認識が共有されているとは思えない」と一蹴。「児童労働とか過酷な労働で安い賃金で作った物に競争力はつくかもしれないが、裏に過酷な実態がある。その是正を図ったわけで、企業の収益というよりも人権の問題から出てきた話だ」などと強調した。
首相も立ち上がり「(新薬の)データ保護期間は8年になったが、日本はもともと8年だった。なので、日本でジェネリックを作っている方々に何か変化があるわけでは全くない」などと説明した。
ジェネリック薬品に関しては若干の留保は必要だが、少なくとも労働問題に関しては、日本最大のナショナル・センターである連合(日本労働組合総連合会)を支持母体に持つ政党とは思われない頓珍漢ぶりである。
元々、TPPは四カ国で発足したオリジナル版から労働と環境の条項がもうけられており、労働条項ではILOの原則を固守することを求めている。詳細は不明だが、「環太平洋パートナーシップ協定の概要(暫定版)(仮訳)」を見る限り基本的にこの路線は踏襲されている。重要なのでそのまま抜き取ると、
TPP締約国は、 ILOの1998年宣言において認められた労働者の基本的な権利(結社の自由及び団体交渉権、強制労働の撤廃、児童労働の廃止及び最悪の形態の児童労 働の禁止並びに雇用に関する差別の撤廃)を自国の法令及び慣行において採用 し、及び維持することに合意する。
政府は「日本は、TPP協定の労働章において、各締約国が保障すべきこととされている 労働者の権利に関係する国内法令を既に有していることから、追加的な法的措置が 必要となるものはない」(「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の概要」p.32)と考えているようだが、実は日本はILO条約に関してはいくつも重要な条約を批准していないという状況にあって、決してこの分野の優等生ではない。TPP加入によって即なにかが動くというものではないが、ILOや労組などがTPP加入をテコにそれらの条約への加入を促しやすくなるという面はあるだろう(連合を含めた労組がそういうことを現実にやるかはまた別問題である…)。
日本は、全体で見ても200近くあるILO条約の、4分の1程度しか批准していない状態である。特に、ILOは最も批准が推奨される8条約を選定しているが、日本はそのうち2条約を批准していない。
批准していないのは105号(強制労働の廃止)と111号(雇用及び職業における差別待遇禁止)である。
前者は、公務員にストライキ権をみとめていないのが引っかかることを危惧しているのではないかと言われており、後者に関しては差別を禁止する法律が成立していないのがネックになっていると言われている。
これらの双方は、民主党が「労働者層に支持基盤を持つ中道左派政党」であろうとすれば、当然追求されるべき課題であろう。
また勿論、第三世界諸国における児童労働は深刻な問題である。児童だけではなく、多くの場合、多国籍企業を誘致するために特区が設置され、そこでは労働組合の結成が禁じられたり、労働関連法による規制が緩和されたり、ということが起こっている訳である。そういった状況で「これらの約束は輸出加工地区にも適用される。12の締約国は、貿易又は投資を誘引す るために労働者の基本的な権利を実施する法令について免除又は逸脱措置を とらないことに合意し…」と明記されているのは、世界の労働者にとって、かなり大きなエンパワーメントになりうるのである。この、労働と環境の基準の「グローバル化」は、強制力のある経済協定が結ばれることの、数少ないメリットでありうるわけである。
どんな国であっても、マジョリティである中流以下の賃労働者の利害を代弁する政治家がいない、ということは大きなデメリットであり得るだろう。民主党は、政界再編に浮き足立つのではなく、この部分の政策立案能力を磨くため、組織を持続的なものにし、政策に関する知見を蓄えていく努力こそが必要なのではないだろうか。
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