2020年8月3日月曜日

研究者のワーク・ライフ・バランスについて

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 九州大学の中山敬一教授がネットに公開している女性研究者のキャリアに関する文章が議論を呼んでいる。(リンク先に飛んで「女性研究者の有利と不利」をクリックしていただきたい)
 

 ここで、同氏の文章について、問題を整理しておく。
 先に結論を述べておくと、この文章はセクハラとパワハラの双方の成分を含んでいる。
 こういった文章が大学のウェブサイトに公然と載っていること自体が問題であり、またこの態度で研究室運営を行っているとすれば、実際の被害者も多くいると思われる。
 ただ、一方で(少なからぬ擁護者もいるように)ここで表明されているような感覚はいまだに日本の大学の少なからぬ研究室を支配しており、ここまで公然とは言われないにせよ、同様な感覚を抱いている教員は多いかに思われる。
 その意味でも、ここで問題を総括しておくことは重要であろう。


 まず、「今は女性研究者にとって有利な時代」だろうか?
 確かに、「国の施策として、女性教員を増やすように強いプレッシャーがかかっている」のは事実ですが、それだけを持って「女性に有利」と判断するのは早計だろう。
 2012年の文科省の科学技術政策研究所のレポートによれば、2005年の博士課程修了者に占める女性比率は26.7パーセントなのに対して、大学に新卒で本務教員として採用される人に占める女性割合は31.9パーセントである(ii)。
 



 このことを考えれば、確かに女性を優先して採用するようにという政府の政策は一定の効果をあげており、女性に有利に機能している。
 しかし、それでも女性の比率は男性よりも少ないことに注意が必要であろう。
 結局のところ、我が国では今でも女性が(特に理工系の)高等教育を受けることには(家族の反対やそれに伴う経済的困難。また女性教員が少ないことによるメンターの不足など)様々な困難が伴うのであり、その過程で淘汰される女性は、依然として男性より多い(しかも、おそらく本質的な研究能力とは異なる困難によって学業を諦めている女性も多い)ことに注意が必要である。
 また、同レポートは、博士課程卒業後に非常勤職についた場合、5年後までの各年度で常勤職に移った割合を男女別に集計しているが、基本的にどの年度でも女性の方が非常勤職についている割合が高いなど、女性が安定して研究できるポジションを確立することには、依然として様々な困難が伴うことを示唆している。
 その根幹は、おそらく(これは必ずしも日本だけの問題ではないのだが)ジェンダーロールが未だに根強いということの問題である。
 例えば研究者カップルだった場合、おそらく男性側の就職が優先され、女性は男性側の職場の位置に縛られた就職活動を強いられるということである。
 これはおそらく、男性側が一般的な会社員や公務員であった場合も同様である。
 男性が所在地に縛られなかったり、あるいは士業などジョブマーケットにおける強者の位置を占められるような特殊な職業についていない限りにおいて、この問題はつきまとうであろう。
 そしてもちろん、出産や育児の問題がある。


 しかし、フェミニズムが指摘し続け、そして実際のところ少しづつ社会が動きつつあるのが、この「男性が家計の根幹を担い、家庭を顧みず働き、一方で女性は家事や育児を優先し、職場にあっては補佐的で代替可能なポジションに留まる」という考え方そのものの問題である。
 一般的には、このジェンダーロールを前提にし、それに部下のキャリア構想を当てはめることそのものがセクハラでありパワハラであると理解されるようになってきている。
 例えば、育休を取得した男性社員に対して懲罰的な転勤を命じたことを、男性社員の妻が告発し、有名な化学メーカーであるカネカがネット上で炎上し、カネカの株は下落した。
 こういった事件は増えており、日本社会も男性が育休を取るなど、育児参加をすることに積極的な雰囲気が出てきている。
 中川教授は「ヒステリック」な「フェミニスト」は責任を取ってくれないと言っているが、運動は着実に成果を挙げており、徐々に社会は変わってきているわけである。

 
 時代は変わってきてるわけである。
 もし、同じようなポジションの若手研究者のカップルがあったときに、最終的にどうするかは本人たちが決めることとして「女性のほうが業績を上げるチャンスを放棄して育児に専念するのが当然である」というプレッシャーを上司がかけることは、もはや許されない。
 もちろん、出産の部分は男性が代替することはできないが、最近は出産後の育児をサポートするために男性への産休も認めるというべきという議論も始まっている。
 そして、何より産休部分は標準的には二週間程度、体調が悪くても1〜2ヶ月であろう。
 男性であっても、その程度の期間、自信や家族の体調と言った理由で研究を離れることはあるのではないか(私も修士課程の頃に扁桃炎で一週間ほど入院したことがあるが…)。
 (女性だけに高いハードルを設けているのでなければ)当該研究室ではそれも許されないのであろうか?


 そして、育児に関してはより長期にわたる。
 育休は数ヶ月から一年に及ぶであろうし、その後も保育園に送り迎えをし、食事をさせ、風呂に入れて、寝かしつける、という作業を誰かが担わなければいけない。
 しかし、この作業分担を(当人たちの話し合いで決めるのではなく)上司が決めるのは明確にパワハラであり、「女性である」ことがその前提となるのであればセクハラである。
 300歩ぐらい譲って、「研究者になるのであれば、性別を問わず従順な専業主フ(夫・婦)を見つけるか、子どもを諦めよ」と男女ともにアドバイスするのであればセクハラではないかもしれないが、それでもパワハラであることは否めない。
 また、アカデミック・ポストで終身雇用を確保することは年々困難になっている現在、男性であっても「終身雇用を見つけてから、専業主婦希望の女性を口説いて…」というのは、人生計画としてあまりに現実的ではないのではないだろうか?
 実際問題として、男性ポスドクであっても、昨今では高収入を確保しているが激務の職業についている女性を口説いて、家事育児は頑張るので、失業の可能性や薄給の可能性が高くても研究を続けさせてくれ、とお願いするほうが現実的かもしれない。
 しかし、当該研究室では(女性だけに高いハードルを設けているのでなければ)このオプションも難しそうである。


 少子高齢化に伴って、育児ではなく親の面倒を見ることになるという可能性もあるだろう。
 その場合の家事負担のも相当なものになるが、「体を壊した親」を持っている若手研究者も、キャリアを諦めることになるのだろうか?


 もちろん、家族や本人の体調や経済状態の急変、シングルでの育児、その他様々な人生の困難の全てを、大学の研究室がサポートすることは現実的には不可能であり、それらの事情によって研究を諦めざるえない人は今後も(技術的に少なくすることはできても)ゼロにはならないだろう。
 それらは基本的に行政の役割である。
 しかし、それらの事情を抱え込んでしまった人に対して「バツです」などといい放つような態度は、上司、雇用者、教育者、そして大学という公的機関の機能を預かる研究者として全く相応しくない。
 学生や被雇用者を預かるものとしては、行政と協力しつつ、様々な困難を抱えた人々にも、最大限のパフォーマンスが出せるような場所を提供することであり、その最初の一歩は、特にコアタイムをきちんと守って研究すれば一定の成果は出るような配慮をすることであり、それ以外の時間は自分や家族のために使えるように、ワーク・ライフ・バランスに配慮することである。
 それが嫌なら、研究室運営は諦め、自分一人で研究していただきたいと思う。


 

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