2015年11月16日月曜日

「TPPのよいところ」と「民主党の駄目なところ」について

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TPPにもいいところがあるとか、あるいは民主党がどうしょうもないとか書くとなると、安部首相を支持するのかと言われそうであるが、そういうことも言わざるを得ない、という話である。

維新の党に続いて、民主党でも分裂論争が続いている。自民党一強時代にあって、野党側がなんとか立場を強くしようと離合集散を繰り返す様は大変見苦しいとしかいいようがない。政党というのは、元来、追求する理念や政策を共有する人々があつまり、その代表を国会に送るための組織であるが、日本では(共産、公明を別として)理念の共有というよりは、選挙に受かるための互助団体という側面が強い。ただ、このことには選挙制度の問題や、政策を吟味して投票しない有権者の責任もあるので、一概に野党政治家の責任とばかりも言い切れない(また、野党に回った自民党の政策議論能力のなさも我々は見て来た訳である)。
 ただ、野党に多少は政策集団としての気概を見せてもらわなければ、国会での論戦がやせ細る。国会での論戦がやせ細るということは、立法においてより目配りの利いた議論が行われ、それが法律に反映されるということがなくなる、ということであり、これはテロや領土問題よりもよほど国家の危機である、という認識が欲しいである。

2015年11月14日土曜日

パリの事件について: 憎悪に憎悪を重ねるのではなく、グローバルな連帯に基づいた対応を

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11月13日夜(日本時間で14日早朝)パリの複数の場所で大規模なテロ事件が同時発生しているという報道がされている。全容が判らないうちから軽々なことはいうべきではないが、これがニューヨークの911のときのようなことにならないか危惧している。ニューヨークの事件では、米ブッシュ政権は犯人であるイスラム教原理主義グループであるアルカイダへの憎悪をあおり、アフガニスタンと、(そしてアルカイダとはほぼ関係のない)イラクとの戦争に突入し、その後遺症としての紛争は未だ続いている。今回のテロ事件も、どの程度直接的にかは判らないが、二つの戦争の結果として中東域で強化された先進国への憎悪が原因になっている可能性も高いであろう。

各国首脳が声明を発表する中、日本政府がほぼ沈黙している(パリの対策本部設置という案内はされた)のも気になるところである。これまでの安部政権の立場としては、他の先進国と協力して対テロ戦争で役割を果たしていくという方向性を打ち出しているのだから、こういうときこそ強いリーダーシップと他の先進国との連帯を表明しなければ行けないはずである(もちろん、私は「そうすべき」だと言っている訳ではない)。しかし、今のところ、そういったポーズすら見られず、即応力や情報処理能力に問題があるのではないかと考えざるを得ない。そういった政権が軍事的にのみ「強い」ことや、「強いことを求める」ことは、民主制に対して大きなリスクになるということを、有権者は考慮する必要があるだろう。

2015年11月10日火曜日

カナダ、トルドー新首相、科学に二つの大臣ポストを

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 カナダが先の総選挙の結果、政権交代し、カナダ自由党のジャスティン・トルドーが首相の座についた。すでに、組閣から新風を吹かせており、首相を除く30人の閣僚には男女が同数、任命された。また、法務大臣には先住民系のジョディ・ウィルソン・レイブルド、また「民主的機構大臣」にはアフガニスタンからの移民だった(ヘラートで生まれ、11歳のときにカナダに移住した)30歳のマリアム・モンセフが就任した。多様性を担保した理由について問われたトルドー首相が「もう2015年だから」と短く答えた映像は、世界中の話題となった。

さらに、国際的な科学雑誌であるNature誌は”Canada creates science-minister post”という記事で、科学大臣ポストが二つ(!)新設されたことに注目している。1995年以降、カナダでは科学の担当は産業省の副大臣の管轄とされて来た。これが今回、独立の科学大臣として復活したわけである。初代の科学大臣(Minister of Science)に任命されたのは、医療地理学者で、トロント市内の小選挙区から当選したクリスティー・ダンカンである。エジンバラ大学の地理学博士号を持つダンカンは、1918年のスペイン風邪に関する研究などで知られ、早くから気候変動が世界の病気の分布に与える影響について着目して来た。
 Nature誌では、オタワ大科学、社会と政策研究センターの前所長であるマーク・サーナー氏の「本当の科学大臣が、博士号をもった人に!」という驚きの(笑)コメントが紹介されている。
 また、「ハーパー前首相は科学の範疇を産業の範疇に突き崩してしまったのであり、その結果、カナダの純粋科学や公的利益のための科学は劇的に衰退した。」というヴァンクーヴァーの非営利環境団体デスモッグのキャロル・リニットのコメントが紹介されている。近年、科学の理論が産業の理論に置き換わりがちであるため、基礎科学や公的な利益のための科学の担当者を独立させた、ということになる。先のサーナーは、「イメージという観点からは、これはすばらしいことだ。しかし、これが実践面で機能するかはわからない」と期待を含ませつつも懐疑的なコメントをしている。

 また、これまでの産業大臣も、産業、科学と経済発展大臣(Minister of Industry, Science and Economic Development)に改称されている。これに任命されたのは、インド系カナダ人で、シク教徒でもあるナヴディープ・バインズである。バインズは経営学修(MBA)を持つ会計士でもあり、ナイキやフォードで働いていた経歴もある。

 日本でもそうだが、各国、
礎科学や人文社会科学の軽視が深刻化していると多くの研究者が感じているところだが、これらはエートスの違うものとして、基礎科学とイノベーションの担当者をきっぱり分けてしまう、というのは今後のトレンドになっていくのかも知れない。

 最後に、Nature 誌は環境大臣が、環境と気候変動大臣に改称されたことにも着目している。このポストに任命されたのは、弁護士であり、東ティモールの平和維持活動などにも係って来たキャサリン・マッケナである。
 多様性を維持しつつ、適材適所で若い人材を配置しており、どうみても内閣に多様性も若さも適材適所も欠如している日本からみるとうらやましい限りである(たまには我々も「文部大臣に、博士号保持者が!」と驚いてみたいものである)。

2015年11月9日月曜日

社会包摂のための言論の自由とその限界について

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カイエ・ド・ドレアンス(from Wikipedia)
1)「言論の自由」はデモクラシーの根源である
 「言論の自由」はデモクラシー(民主制)の根源であると考えらえている。というのも、第一に自分のおかれた苦境について、そのことを表明し、社会に対して改善を求めることから始まるからである。もちろん、この苦境の原因には、上位者の社会的不正やより直接的な抑圧も含まれるであろうから、言論の自由が完全に認められないことは、それが社会的問題として認識されることを阻むことになる。
 フランス大革命に先立って、Cahier de doléances (カイエ・ド・ドレアンス/陳情書)が三部会によって全国から収集された。特に第三身分(平民)からは生活の不満が多く伝えられた。アントニオ・ネグリに言わせれば、これが民主制の原点である。つまり、クレーム(異議申し立て)という言葉は、日本ではあまりいい意味に使われないことが多いが、弱い立場の人のドレアンス/クレームがどれだけ自由に出せる社会であるか、というのが民主的な社会であるかどうかの試金石である。もう少し定式的に言えば、身分や出自といった属性に係らず、全ての個人にこの「異議申し立て」の権利が認められ、その誓願が適正なプロセスで討議にかけられるか、ということが、世俗社会、近代社会、そして「社会包摂的な社会」の条件であり、逆にこれがエスニック・マイノリティやセクシャル・マイノリティであるといった事情によって排除される、というのが「近代国家ではない」ということである。どういったことが「適正な討議か?」という点は、第二項以降で説明される。