2013年1月6日日曜日

エクアドルの思い出 「新自由主義者」パラシオ前大統領こそが偉かった (?)という話

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「南米エクアドルで4日、2月17日に行われる大統領選の公式選挙期間が始まりました」(赤旗)ということで、2008年にエクアドルに行ったときのことをすこし(写真は首都キト)。
Old City(World Heritage), Quito, Ecuador (2008)


 かつて「アメリカ合衆国の裏庭」とも言われた南米諸国は、現在、全体として見ればアメリカからの自律路線を歩んでいる。明確に親米路線を続けているのはコロンビアぐらいであるといえよう。その中でも、「オルタグローバリゼーション」を掲げ中核となる指導者が三人いる。豊富な石油マネーと軍および同国で圧倒的多数を占める貧困層という盤石な支持基盤を持ち、国際社会に議論を巻き起こし続けるウゴ・チャベス大統領、先住民出身の市民運動家であったボリビアのエボ・モラレス大統領、そして今回選挙を迎えたエクアドルのラファエル・コレア大統領である。これに、ルラ、ルセフと二代続く労働者党政権のブラジルを中心に、アルゼンチン、ウルグアイなどが「穏健な反米」政策をしく(特にブラジルは南米内部でも温度差のある諸国の仲介役という面がある)。
 コレアはイリノイ大学で博士号を取得した経済学者で、ルシオ・グティエレス政権時代に、副大統領アルフレド・パラシオの経済顧問を勤める。グティエレスの失脚によりパラシオが大統領になると、蔵相に就任するが(一般的に言われるところによれば米国やIMF/世銀の圧力によって)辞任に追い込まれる。その後、2006年の大統領選でエクアドル大統領に就任している。
 チャベスが一種、資金と権力を使って刺激的な議論をぶちあげる役を担っているのに対し、経済政策に通じたコレアはポスト・チャベスにむけた体制作りを進めてきた。それは例えばジュビリー運動を継承し、「第三世界の不当な債務を帳消しにする」という目的のための債務監査プロジェクトであったり、環境のための国際援助であるヤスニ・イニシアティヴであったり、ドルにかわる国債基軸通貨としてのスクレの創出であったりする。

 私は、2008年にコレアの設置した債務監査委員会が答申を発表するというので開かれた研究会に参加する機会を得た。その時非常に印象的だったのは「外国の人はパラシオまでの大統領は親米的であって、コレアというヒーローが誕生したことによってエクアドルが自律の道を歩み始めた、という理解をするが、それは誤りである」というあるエクアドル人社会学者の発言である。
 彼によれば、パラシオ大統領がコレア蔵相を解任したとき、パラシオは親米、親新自由主義的な政策を選択したとされる。これはもちろん誤りではないが、一方でこれは大統領にとってもエクアドル自身にとってもアメリカに対する面従腹背の時期だ、と位置づけられたのだ、という話であった。実際、パラシオ大統領は親米的な政策を選択する間も、自身に反対するような市民運動に有形無形の支援を与え続けたのであり、その(市民運動の組織形成や彼らによる政策研究という)蓄積があったからこそコレア大統領が就任してすぐに様々な政策を打ち出せた、ということであるという。まぁ、これが本当ならパラシオはコレア以上に優れたリーダーだった、ということかもしれない。

International Study and Strategy Meeting On Illegitimate Debt (Quito2008) とはいっても、私の滞在中にも市民運動出身のサルガド蔵相(写真)がコレア大統領と対立して電撃解任されたり(ディナーで蔵相としてのスピーチを聞いて、慌ただしく退席したのでなにかあったのかと思っていたら翌朝のニュースでは解任されてた…)、その大統領もボリビアでクーデター未遂が発覚したとのことで緊急の南米諸国首脳会議に出席するために出国し、週末に予定されていた債務監査委員会が答申を大統領に伝える式典が延期されたりと、わずか一週間でも多事多難なのであったが(小国とは言え、安定した先進国の元首にとっての一年分ぐらいの問題が一週間ぐらいに凝縮されて起こる感じなんじゃないかとも思った)。


International Study and Strategy Meeting On Illegitimate Debt (Quito2008)
キト市と日本人が「エクアドル富士」とか勝手に呼んでいるコトパクシ山

International Study and Strategy Meeting On Illegitimate Debt (Quito2008)
滞在していたキリスト教系の施設周辺。アンデスの多くの都市同様、キトも盆地の中心部が旧市街で、このあたりはあまり所得の高くない層が住むエリアと言うことになる。

2 件のコメント:

  1. あけましておめでとうございます。エクアドルの話題ありがとう。

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  2. 写真はエクアドルの血が半分入った我が孫娘です。在エクアドルのこの子の母親は、自森の後輩ですが、人間開発手当月35ドルを支給されているそうです。選挙権もあるとのこと。

    コレア大統領は、ベルギーのルーヴァン・カトリック大学にいたことがあります。私は、83年頃、ベルギーにいて、反核運動とか、第3世界ショップのボランティアとかやっていていて、ちょうど、南米連帯運動が大変盛り上がっていました。彼は3つ年下で、同じ時間ではないけど、まあその近辺にあの空気に触れたのかなと思うと親近感を持ちます。13年の選挙は出ないで、ベルギー人の妻とベルギーに移住するなどと言ってたようですが、出馬することになってよかったと思います。

    そういえば、そのルーヴァン・カトリック大学(ルーベン大学自身はオランダ語圏にある古い大学で、フランス語圏に新しくできた)で行われた、ベルギーのフロレンヌという場所に核兵器が配備されるのに反対する集会に出て、日本の投下された原爆の話をしたことがあったのを思い出した・・。84年だったかな。留学中のイタリア人が開催し(コミソというシチリア島の場所に配備計画があった)、いろいろな基地で非暴力直接行動をしていたドイツ人の活動家も話し、なんだか日独伊の人間が反核運動で話すなんて面白いなと思ったのでした。

    クーデターのときはすごかったらしいです。詳しい情報に触れられてうれしいです。また楽しみにしています。

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