19日(土)の午後、AAASからは独立しているものの、併催するという形で、トランプ政権に抗議する野外集会"Stand Up For Science" ラリーが開かれた。
これに参加するため、千人を超える人々が、思い思いのプラカードを掲げて、AAAS会場近くのコプリー広場に集まってきており、この情景は日本も含めたアメリカ内外で広く報道されたようである。
当初の案内では短距離ながらデモも行われるのだと思っていたが、この時は10人ほどがスピーチする野外集会だけで終了した。
基本的な視点は、科学者が真実と(AAASのテーマでもある)公共善のために立ち上がるべきだ、というものである。
主催団体は、主に気候変動に関わる社会運動である climatetruth.org (これはAAASの全体講演でも講演し、またこの時もスピーチを行ったナオミ・オレスケスも顧問に名を連ねているNPOである)と、カナダの著名な社会運動家(日本でも『ブランドなんか、いらない』や『ショック・ドクトリン』などの著作で知られる)ナオミ・クラインが顧問を務める thenaturalhistorymuseum.org であり、この他に「憂慮する科学者同盟」やグリーンピース、地域の環境問題などを扱う学生団体が呼びかけている。
ただ、基本的には「科学者主体の集会」という姿勢は明白であり、司会のベカ・エコノモポウロスは科学を学ぶものが次世代を守るヒーローであり、これは党派的(パルチザン)なアクションなのではなく、愛国的(パトリオティック)なアクションなのだ、と述べた(以下のように、使われていたイラストからも「スーパーヒーロー」モデルは明らかである)。
また、最初に登壇した「憂慮する科学者同盟」のメンバーで気候学者であるアストリッド・カルダスも、ボストンが「茶会事件」で独立への第一歩を踏み出したことに言及し、デモクラシーのための運動であることを強調した。
ナオミ・オレスケスも、現在政権によって科学が攻撃されていると述べ、「家が襲撃されたら防衛に立ち上がるのは"政治的"なことではない」と述べた。
その上で、この国の建国者にはフランクリンのような科学者が含まれており、科学と民主制には一定のつながりがあり、その時の「科学」とは経験や観察に裏付けられた実証的なものだ、とも述べていた。
こういったスタンスは、政権の現在の態度を批判するという目的からは適切なものかもしれないが、それを支持する人々や、あるいは反トランプという意味では味方であるはずの人々(例えばグリーンピースなどを支持するもののの、現代の産業資本主義に批判的な草の根の環境主義者)を納得させるものであるか、というのは疑問なしとはしない。
つまり、オレスケスらが採用している戦略は、トランプが仕掛けた(左右の)分断線に便乗し、それをさらに強化するという側面があるのであり、それが「非党派的」であるというのはやや無理があるのではないか。
とはいえ、トランプ側がハイパー党派的(ハイパーパルチザン)戦略をとっている以上、これは対抗上避けがたいことなのかもしれない。
この点は、例えばワクチンや遺伝子組み換え作物を巡って、丁寧な熟議プロセスを走らせるという形で「非党派的な科学技術コミュニケーション」を実践してきた欧州(特にイギリスやデンマークといった…)とは少なくとも歴史的経緯からくる成熟度はだいぶ違うという印象を受ける(…と日本人が言うのも変な話かもしれないが)。
1時間の集会で、講演者は10人ほどであったが、そのうち8名が女性であり、かつ極めて多様なバックグラウンドを持つ人々が集められていた。
そして、すべてのスピーチに手話通訳が付されている。
この点では、この集会は完全にアメリカの「リベラルな多文化主義」を体現していたし、短い準備期間だったと思われるが、こういったスピーカーを集められる、アメリカ社会運動の底力を見た思いである。
スピーカーにはアメリカエネルギー省が選んだ「500人の女性科学者リーダー会議」メンバーのケリー・フレミングのような人も含まれる(AAASの政策フェローでもある)。
また、アフリカ系女性としては、17歳の高校生であり、気候変動の問題で運動に関わっているチアマカ・オビドが登壇した。
オビドは、大気汚染によって健康が害されていることに気づいたのが環境問題に取り組むきっかけであったと述べ、気候変動などの問題は科学の問題である以上に、社会正義の問題であると述べる。
環境の悪化は社会的弱者を直撃する。
オビドがこのことに気がついたのが、彼女の住む地域では、クラスの半分以上が喘息を持っているということに気づいたからである。
したがって、トランプ政権への抗議運動は、例えば Black Lives Matter (黒人の命が大事だ)運動と連帯しなければいけないと、オビドは訴える。
また、イラン系アメリカ人のマリアム・ザリンハラムも登壇した。彼女はロックフェラー大学の分子生物学者で、 Science Soapbox Podcast のホストも務める。
イランは理工系の学生の7割を女性が占めるという国であり、彼女の両親も科学者としてアメリカに渡ってきた。
イランとアメリカという二つの科学を支える二つの文化に誇りを持っている、とザリンハラムは語る。
ブラックフィート居留地出身で先住民の血を引き、現在はハーバード大学で物質科学を学ぶジョルダン・ケネディも登壇した。
気候変動という観点では、先住民はその影響の最前線に立たされている、と彼女も主張する。
そして、スタンディングロック居留地での、ダコタ・パイプライン計画反対運動との連帯を訴えた。
そして最後に、ノースイースタン大学の社会学の教授であるダニエル・フェーバーが科学に対する産業界からの影響や、環境差別といった問題に言及して全体をまとめる、といった形になっている。
しかし、ここにきて、この日目標にされた連帯(科学者の、Black Lives Matter や スタンディングロックへの連帯)は可能なのだろうか、という疑問が生じないわけではない。
迷惑施設がアフリカ系や先住民比率の高い貧困地区に立地されがちであり、当該地区の環境の悪化やそれによる健康影響が、通常の(中産階級以上のマジョリティが多く住む)エリアに比べて悪化するということはありうるし、また科学的手続きを踏んで検出することも可能である(そういった公害事件を人類は山のように経験している)。
一方で、フェーバーが踏み込んで主張するように、産業界の影響が強すぎるためにこういった影響が人類全体の健康に影響を与えており、例えばガンが増えていることが見逃されている、といった議論になると、環境差別の存在に同意する科学者の中にも不同意が増えてくることであろう。
科学と医療の発達によって人類の寿命や健康状態は良くなっており、仮に化学物質の規制が十分でないことによるガン死が増えているとしても、それは産業界が自由に活動することによって人類の健康に貢献していることで十分以上に相殺されている、と考えることもできるからである。
一方で、社会運動に積極的に関わる側からすると、適切な規制を行っいつつ健康状態の向上を目指すことはできる、あるいは結局のところはそうした方がより良い結果がもたらされる、と考えるであろう。
今回盛んに強調された「エヴィデンス(証拠)・ベースであること」はもちろん重要だが、こうした議論は最終的にはエヴィデンスでは結論に至ることはできない。
これは、すでに述べた通り、「(人類を救済する)スーパーヒーローとしての科学者」モデルの限界でもある。
こうした問題が、トランプ政権といった「巨悪」の存在によって隠され、とりあえずの連帯が続いていくのか、どこかの段階で顕在化することによって運動が崩壊するのか、あるいはそれをさらに乗り越える道が生み出されるのか、期待を込めて見守りたいところである。
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