2016年5月4日水曜日

2008年大統領選の思い出: アメリカ大統領選と科学技術政策

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アメリカ大統領選、共和党の候補がドナルド・トランプというのがほぼ確定という報道にふれて、ふと思い出したこと。2008年にAAAS(全米科学振興協会)の総会を見に行ったのであるが、その年はブッシュ Jrの二期目が終わった次の大統領を選ぶ選挙の年であった。ところが、共和党は2月初頭の最初のスーパー・チューズデイで早々にジョン・マケインに決定。一方、民主党側はクリントンとオバマが激しい選挙戦を繰り広げることになる(この時のマケインの敗因の一つは、決定が早すぎて、その後の全米の関心が「クリントン対オバマ」に持って行かれてしまったことではないか、という気もするわけである)。
 そこで、アメリカだなぁ、と思ったのは、さっそくAAASの総会の臨時企画でクリントン陣営とオバマ陣営の政策討論会を開いたことである。


その時のことは以前ブログに書いたが以下のような感じ。

で、そこも途中で抜けて、この日のメイン・イベント「Clinton vs Obma」へ。
 それなりに大きな会場が用意されていたが、満員で、司会者の「科学者は政治に関心がないという話はどうも間違いみたいですねぇ」というジョークからスタート。

ヒラリー・クリントン側の代理人はビル・クリントンの政策顧問も務めていたという貫禄のあるおっさん。それに対してオバマ側はシカゴで移民や貧困層に対する技術教育のNGO活動をしていたという若い男性(両方白人)。ある意味、両陣営の状況を象徴している。
 オバマ氏は科学に理解があるのか、という質問に対して、代理人は自分のNGOを初めて熱心に支援してくれた上院議員がオバマであったことなどを説明していた。
 ただ、話の内容は実はあまり面白くなくて、よく考えるとこの二候補に科学技術に関する政策上の相違点はあまりないのである。
 とはいえ、司会が「どうもお二人ともブッシュ政権を仮想敵にしているようだが、事実上共和党側の候補に決まっているマケイン候補は環境保護にも熱心だし、幹細胞研究も推進派で、そういった相手と比較するとなると、今日おっしゃっていることは大きな争点ではないのではないか?」と突っ込まれたり、それなりに面白い展開はなくはなかった。

また、「科学教育に力を入れるか?」という質問の答えが最も差異を明らかにした点であった。
 クリントン側は、イノベーションが経済のキーであることを延べ、実際の製品化などで日本や欧州に負けているという点や、中国などのエマージング・カントリーの研究能力が向上しているという認識があるとしたうえで、それでもアメリカが世界随一の研究開発能力を維持しており、これをさらに向上させていくことはクリントン政権の最重要課題になると述べた。
 それに対して、オバマ側は、昨今の世界情勢を考えれば、科学技術の問題はグローバルであり、アフリカ系の父を持ち、インドネシアで暮らすと言った経験を持つオバマこそこのグローバル性を理解している候補であると延べ、貧困層、マイノリティ、移民といった人々に対する教育こそが今後の世界を支えるのに最も重要な問題だ、という見解を述べた。
 クリントン側の見解には盛大な拍手が起きたが、オバマ側の議論には、ややためらいがちな拍手に留まったのが印象的であった。

ということで、環境やアフリカといった巨視的な問題から、直近の選挙まで、AAASではあらゆる政治的課題が網羅されているという印象である。
 ただ、日本人として気になるのは、BSE(狂牛病)の話題はプログラム上にいっさいないことである。
 ここまですっきりしていると、ある種の作為を疑いたくなるが、たぶん本当に関心がないのであろう(厳密に言えば、関心を示すことに利益を感じる団体がないのであろう。このあたりが多元的ガバナンスの限界、という感じもする)。


 興味深いのは、この時の討論者のその後のキャリア。クリントンのスタッフだったトマス・カリルはオバマ大統領当選後、オバマ側の科学技術顧問として活躍している。
 オバマのスタッフだったアレック・ロス(当時30台)はオバマ政権下で国務長官を務めたクリントンのスタッフになっている。
 スタッフが入れ替わったわけである。

カリル(左)とロス(右)

ウィキペディアの記述によれば、クリントンはロスを「インターネットの自由に関する問題において、私の右腕」と称した。
 また、第三世界の学校などをインターネットにつなぐといったプロジェクトに従事し、特にリビア内戦に際しては反乱軍側に(カダフィ政権側が遮断した)インターネット接続を提供するプロジェクトを指揮、反乱の成功に寄与したらしい。
 公職を退任した後、政府のインターネット監視政策を積極的に批判する。現在、ジョン・ホプキンス大の研究員。近著に "The Industries of the Future" がある。
 アメリカでのひとつのキャリアモデルとして面白い。